さびのらいhuのーと

未定暫定腐ってる感じの何かご用心

ここへ漂着された方へ。
こちらはSavi(さび)によるMMORPGTW(テイルズウィーバー)腐二次創作を中心としたブログです。
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さしずめ紅い、お星さま (完結・全)

ジョシュシべ・腐 (R18 )

※これまでにアップした①~⑤全部が入っています。

 


さしずめ紅い、お星さま

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ①


寮の談話室の窓を開けておくと、外からふわりと柔らかい風が入ってきて心地いい。
アンティークの掛け時計の針は午後のティータイムの少し前。
生徒達は終わりに差し掛かった講義にあくびのひとつでもこぼしている頃だろう。


炭酸水の飛沫のようにぽつ、ぽつ。と誰かと誰かが会話する声の断片が色々な方向から微かに聴こえては消えていく。
シベリンは談話室の長椅子に浅く腰掛け、赤いベロアに身を委ねて脱力した指先の小さく、滲むよう血の出た…今朝ドアで軽くひっかけてできた傷を薄目で眺めていた。


ぽつ、ぽつ。


視点を一点に絞って思考を澄ましていけばそれは瞑想に近く、微かな音やふわりと吹く風の感触はあっという間に息を潜め、心の中の真っ暗な空洞でシベリンは足下から立ち昇る淡く光る無数の気泡の行く先を眺めている。

(俺はどうしてこんなところにいるのだろう)

独りの時のシベリンは彼を知っている者が見れば驚くほど静かで脆く、ひどく傷ついている。
その様子が周知となれば如何に周囲の興を削ぎ、心配させるかシベリンは予測できていたし、自分の陰の部分を垣間見られるのは嫌だから、シベリンはいつも陽気に笑みを浮かべ、みずからの理想とするラインの社交性や協調性を崩さぬよう遵守していた。


(存在していない者だという事が、そんなに不安か?)

無数の泡の行き着く先にはそれぞれに翻る黒衣の裾や、養父の顔、途切れ途切れの記憶のかけらが浮かんで消える。

(掴んだと思っても、蜘蛛の糸のように千切れてしまう)

(俺が誰かはっきりしない。いや、はっきりした部分もあるが、胸を張って明るみに出られない、まるで影のようだ…)

(寮暮らしで学院か…誰かと常に添っていられるのか?)

学院へは来たくて来たのだ、しかし心の片隅では躊躇も燻っていた。

 

「そんなところでなにしてるの」

(ーーーーー?)

自分のものではないその問い掛けに、暗闇は一瞬で破られ、イメージの中の泡は弾け飛び、視界いっぱいに絨毯の金刺繍が飛び込んできた。
長椅子に座っていた筈だった…が、絨毯に跪いていた。

「……」
「シベリン、大丈夫?」

思考の闇に浸っていた意識は急には浮上できず、顔を上げぬまま金刺繍の紋様をのろのろと指で縁取るシベリンに焦れたのか、ぐい、と腕を強めに掴まれたかと思えば長椅子に座らされ、声の主の目線に合わせるよう顎を掬われる。

「ジョシュア…」

手を振り払おうとはせず、声音も相貌も作れず、虚ろに、ただ視界に入った人間が誰かを識別するように呟くシベリンをそばで黙って見ているのはジョシュアだった。
視線があった瞬間僅かに驚いたのか、ジョシュアの唇が薄く開いたがすぐにきれいな弧を描いた。

「へぇ…」

デモニックの漆器のような黒い瞳が艶めく。
目があった一瞬でジョシュアの脳裏に散らばっていたさまざまなシベリンのピースがぴったりとあわさった。


ーーーなるほど、できすぎているくらいだったのはできていたから。
偽ったり、演じたり、そういうものとは無縁に感じていたが、むしろ無縁に感じさせられていたほどに完璧に近かったのかもしれない。

 

「あの太陽のような男は虚構か」
そうジョシュアが独りごちる。


はっ

 

と息をのむ音がした。

「おかえり?」

さっきまで曇っていた金の双眼が冴え、凍りついたようにジョシュアを視ている。
完全に誰も寮に居ない時間だったはず。
「ミス」った----大方そんな事を考えているんだろう。

「俺倒れてた?はは…格好わるいところ見られたなぁ」

すぐにテンションを変えて、曖昧に微笑む。
肩に置いてあるジョシュアの手をどけようと、そっと動き出したシベリンの腕はすぐに阻まれる。
意図が読めずジョシュアの顔を窺うと、彼の方が先にシベリンの顔を視ていたのか、バチリと音がしたかと錯覚するほど強く視線がぶつかった。

「ジ…『今日は調子が悪いようだね』

シベリンの言おうとしたことを遮ってきたジョシュアの声は、低く響いて、何らかの圧を感じさせる。

『眩暈がするんじゃない?』

ーーーめまい?そんなものは…

言われて己に意識を向けると、ぐらりと視界が歪んでくる。

「あ……れ」

「シベリン、大丈夫?」

ジョシュアの心配そうな、眉根を寄せた表情がどんどん、歪んで回って…

『すごく眠い』


『もう、起きていられない』


それがジョシュアの声だったのか、自分の思考だったのか、シベリンにはわからなかった。

ジョシュアはシベリンの「ミス」について言及するつもりはなかったし、それについて彼が取り繕う様を見たいわけでもなかった。
1を見ただけで1000を知れるようなデモニックには、一瞬のあの顔だけで十二分に情報となったが、それを知らずにシベリンは色々と話しはじめるだろう。

ジョシュアはくたりと自分の腕に身体を預けて眠りに落ちたシベリンを少しの間眺めてからゆっくり抱えあげる。
「ま、眠ってて」

 

「あ・・・」
抱えてしまってから、眠る彼の部屋を知らないことに気付く。
思っていたよりもずっと軽かったが、重くないわけではない。

一度下ろして部屋を探すのも、
抱えたままうろついてその辺のだれかに部屋を聞くのも、
何故シベリンを抱えることになったのか聞かれるのも、

「めんどうくさいな」

寮の部屋割りの希望を取られた時、誰も望まぬ、階段を多めに登らねばならない離れを所望したのが今効を奏したようだ。
ティータイムになって誰かと鉢合う前にと、ジョシュアは足早に談話室を後にした。

 

 


「欲しいなぁ」
街で見かけた質の良いマフラーでも欲しがるかのように軽く、ジョシュアは言った。


離れにあるジョシュアの部屋のフローリングには、特注の毛足の長い絨毯がひいてある。
だから、というわけでもないが肌寒い時期でもなし、ジョシュアは運んできたシベリンを絨毯にそのまま転がし、自分は一人掛けのソファーに腰を据え、眠る猫でも観察するかのようにじっと眺めていた。
談話室で無理矢理上げさせて見てしまったシベリンの素顔は、思いのほかジョシュアの心を刺激した。

言い方は悪いが今日までそれほどシベリンに興味がなかった。
悪くない言い方をすれば、それなりにジョークも言い合うし挨拶もする、任務で鉢合えば協力もする、当たり障りのない知人というポジション。
プロフィール程度に人となりも知っていたが、それだけだった。

シベリンと言えば快活で強く、大人のイメージがあったのだが、先程の一件で一変し、俄然興味をそそられた。
身の丈を遥かに越える得物を振り回している体躯も、実際に触れてみるとイメージより細く、強く握れば好きにしてしまえそうに思える。


ーーーイメージ、イメージね。
貴方は自分のイマジネーションを完璧に演じていたわけだ。


もっとほかに、どんな顔をするのか見たいな。


ふとジョシュアはソファーから立つと、絨毯に上向きに転がされたシベリンの上に静かに覆い被さる。
イメージしていたよりもずっと線が細い。
絨毯にさらりと散らばった赤毛も柔らかくしなやかだ。

悪くない、ジョシュアの瞳が愉しそうに艶めく。

まるで今日はじめてみたもののように。
シベリンの輪郭を確かめるように、すらりとした頬のラインに沿って指先を滑らせる。

「シベリン」

2度ほど囁くと、シベリンの双眼が重そうに瞬きした。

「ぅわっ!!いて!」

目を開けた瞬間至近距離にジョシュアを見て、シベリンは驚いて反射的に身を起こそうとしたが、押さえ付けられていたので頭だけが反動で戻り、絨毯越しに床に打ち付けられた。
「ジョっ…ジョシュア…え、あれ、ここは…」

「談話室に貴方が落ちてたから、拾ってきた」

そこでやっと談話室での事を思い出したのか、シベリンの表情が曖昧に曇る。怒ったり突っ込んだりしてこないということは、自分がどうして寝ていたのか疑問に感じていないようで、眠る間際の事は覚えていなさそうだ。

「え…っと…」

「誤魔化しや言い訳はいいから、拾得のお礼が欲しいな」
れい?と、シベリンが復唱し終えないうちにジョシュアは彼の首筋にくちびるを寄せる。

「え!?ま、痛っ…」

ネクタイは緩めず制服の襟元をこじ開け、襟スレスレの位置に小さな噛み傷をつけて。
血を一滴舐めとると、シベリンには聞こえないくらいの声音で何か囁いた。

「っ、な、なにーー」

例えばこれが、マキシミンなら、ルシアンなら、腕を押し退け噛み付いてくる頭ごと蹴り飛ばすことだって可能だろうに。
うまく力が籠らない。ジョシュアを押し返す事が出来ずにシベリンは混乱する。

「いいね、それ」

狼狽したシベリンの顔を見てジョシュアはにこりと微笑んで。
シベリンの上体を起こして乱れた襟元をキレイにしてやる。
やったことの過激さと裏腹にあっさりと離れ、ソファーに座ったジョシュアを見て、シベリンはよろりと立ち上がった。

「何するんだ、痛いじゃないか…」
「痛くしたんだよ、傷を見るたび、オレを思い出すでしょ」

愉しそうに舌を出すデモニックに、シベリンは遊ばれているのだと勘違いしたのか一瞬ムッとした表情を見せる。
「思い出さねーよ、それよりさっきの…」

「なに?まだお礼貰っていいの?」

すっ、とソファーから立ち上がると、びくりとシベリンが反応して一歩後ろに下がった。
「い、いや…もういい」

わけがわからないが、談話室での「ミス」は無かったことにしてくれるということか?黙りこんだシベリンにジョシュアは品の良い笑顔を向ける。
「戻らなくて良いの?皆姿が見えなくて心配してるんじゃない」

「え?あ、ああ、うん」
また一歩距離を詰めると、シベリンも一歩後ろに距離を取る。
壁際まで続けてもう後がなくなると、シベリンはジョシュアと視線を合わせていられないのか、ゆっくり俯いた。
「何もしないよ、オレが怖いの?」

俯いてもシベリンの方が少し背が高いわけで、ジョシュアにはその顔の全容が見えている。
ジョシュアに「ミス」を見られたからか、腕を押し退けきれなかったからか、首元を噛まれたからか、いつもの自信ありげで落ち着いた様子のシベリンからは考えられないように弱々しく見える。

『弱ってるね』

「ーーっ」

問いを無視して目を閉じたのを良いことに、ジョシュアは急にシベリンのネクタイを掴み自身の方に引き寄せ、唇を奪った。
驚いて薄く開いた隙間に舌を軽く入れて輪郭を縁取るように舐める。

「……な…んで…んぅ」

抗議の言葉も呑み込まされ、好き勝手に口内で遊ばれる。
ネクタイをがっちり掴まれて身を引くこともできないし、空いている両手でジョシュアを押し返そうとしてみたが、やはり力が籠らないのか添える程度になってしまう。
「っも、やめ……」
ほどなくして、嫌がるシベリンに何故か満足したような顔のジョシュアが離れる。
「……!!な、んにもしないって…」

「質問に答えない人にはなんでもするよ」

乱れた襟元を再び整えてやるついでに、先ほど噛んで血の滲んだ部分を軽く引っ掻いた。
「いっ……」

『怖い夢でもみたら、また来なよ』
ジョシュアに聞きたいことがありすぎてなにも聞けないような、微妙な顔をしたシベリンを宥めて送り出し、一人ティータイムの支度をはじめた。

 

 

 

 


深夜、ジョシュアは窓からまばらな星空を見ながら、夕食の時間に食堂でいつも通りのシベリンが他の面子といつも通りわいわいと食事する所を眺めていた場面を思い浮かべていた。
途中首元の傷を服越しに押さえた後で、ジョシュアが視ていることに気付いて慌てて目を逸らし、わずかに目を伏せて赤くなったり。
いつもどれくらい食べてるか知らないが、今日のプレートは半分ほど残っていて斜め前に座っていたマキシミンから何やら文句を言われていた。


ーーー言葉というものは簡単に口から出せる魔法のようなもの。
しかも実際に魔力を有するオレの言葉は詛にも近い。
やさしくやるには、マイナスなイメージをやんわりと与えて相手を乱していく。

皆何故かそれが目に見える表面的な効果を得るものだと思ってるみたいだけど、それもあるがそうじゃない。
触れやすい表面ーー肉体のみならず、触れることは敵わない心に、活力に、夢にも干渉する事ができる。


さあ、どうやって手に入れようかな?
普通に甘く優しく口説いても良いけど。
それじゃ普通の甘く優しくされた結果の貴方しか見れない。

あらゆる表情を引き出す過程で、あらゆる仕打ちに堪えてかつオレを嫌いになれない何かがないと。
すごく好きになってもらうとか、さ。
酷いことしすぎると笑顔がみれなくなっちゃうから、加減が大事だな。

今はまだ貴方の本能がオレを危険だと、邪(よこしま)なこの心の内をわずかに感じ取って無意識に距離を取ろうと頑張ってるけどさ。
少しずつ馴致していって、オレがすごくちかくに居るのが当たり前になる。

すごく好きになるのが無理でも、とにかくオレが居なきゃ駄目ってくらいになってくれないと。

 

こういうのは急ぐと良くないし、すぐに結果を得られてもつまらない。
ゆっくり、ゆっくり。
上質なブラックティーが湯の中でじんわりと滲み出るように。


今頃ひとりベッドで夢に魘されてるかな。
そういうまじないを別れ際に『つけて』おいたから。

まずは、誰かに縋り付かずにはいられないような悪夢をどうぞ。
あぁ、勿論、誰かではなくオレにね。
寝不足でやつれた顔、楽しみだな。


なにも知らない貴方は、そうしてオレに流れ堕ちてくる。

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□②

 


新緑の季節が過ぎ、鬱陶しい梅雨も終わりに差し掛かっている。
灰髪の青年は一晩中降った雨を吸い込んでいきいきとした芝生をかるく踏みしめて靴を浮かしてみる。

芝生は踏まれたことなどなかったかのように跳ね返って水滴を零した。

まだ少し湿ったベンチに、おざなりにスカーフをひいてジョシュアは座っていた。
食堂の外にある、柔らかに日光の降り注ぐテラス席には昼食中の生徒がまだまばらに残っていて、ジョシュアの前方――
いくつかのテーブルの先にはルシアンやマキシミン、ランジエといった同じクラスの面々が楽しそうに何か話をしているのが見える。

ジョシュアが食事自体や食後の閑談に混じらずふらりとどこかへいってしまうのはいつものことで、それを誰も咎めたり気にしている様子はない。
今日も食事は一緒に取ったがすぐにひとり外れて少し離れた場所で座っていた。
視線をそのまま横にずらすと、二つほど離れた椅子に浅く腰かけ、テーブルに肘をついているシベリンが居る。

――ああやって椅子に深く座らないのは癖なのかな

いつも一見くつろいでいるようで、すぐにでも動けるような体勢をとっている、彼のことを気にして視るようになってから気付いたことの一つだ。

積極的に話に入っていくわけではないが、誰かが話せば頷き、話を振られれば適当に、でも的確に相手の欲しい言葉を答える。
完璧なほど適度ににこにこしているがふと下を向いたりしたときに睡眠不足が原因の隈があるのがわかる。

首の襟元をそっと抑えて、一瞬目を閉じて。

――がんばってるなぁ。

談話室の一件からもうひと月ほど経とうとしている。
ジョシュアの「まじない」は失敗したりすることはない、毎晩とは言わずともそれはシベリンの心に、夢に忍び込みゆっくりと浸食していっている筈だ。
『怖い夢でもみたら、また来なよ』

そう確かに言ったが、シベリンはこのひと月のうち、寮のジョシュアの部屋に来たりはしていない。
じっと見つめるとさりげなく視線をずらされる程度で、ジョシュアの事を避けたりしないし普通に会話もするので周りはこのふたりに何かが起こっていることを何ひとつ気づいていないだろう。


ジョシュアはその必要があれば急がないタイプだ。
美味い茶が飲めると事前に分かっていれば長めの茶葉の蒸し時間も、事前にポットやカップをあたためておく時間も楽しめる。
シベリンのことについても、ぱっと見何も変化がないがジョシュアにしか認知できないようなごくごく細微な違いが表れていることや、新しい発見を楽しんでいた。

あからさまに見えるようにはけしてせず、しかし確実にジョシュアと三歩以上はそばに寄らないこと。
前はもっとラフに鎖骨あたりを晒していたと記憶しているシャツの襟元やネクタイはきっちりと絞められ、ほぼ治ってしまっているだろう襟元すれすれのキスの傷跡は辛うじて隠れていること。
視られていると気づいて、さりげなく視線をずらす直前に、ひどくなにか言いたげに瞳が揺らめくこと。
後から知ったシベリンの部屋はジョシュアのそれよりも一階下の別棟で、離れからはちょうど部屋の窓から半分ほど奥までがよく観えること、また、それにシベリンが気づいていないこと。

夜中に部屋に突然明かりが灯ることが多くなったこと。

――いいね。

年端もいかない少年であれば、言われた次の日にはこわい夢をみたと泣きついてくるだろう。
(もちろんそうであるだろう、というだけで実際にそんなことを少年相手に試したことはない)
こわいゆめ、というと漠然としているがジョシュアが直接恐怖に直結するようなシンボルを夢の中に送り込むわけではない。

恐怖のエッセンスは相手の中に無数に散らばっている。

心配していることであったり、過去に起こってしまったことであったり。これから起こってほしくないことであったり。
そういう要素をまじないでちょっと大げさに映してあげるのだ。

考えもしなかった相手からのキスに、しかもあんなに強引にやられて動揺してよく話をきいていなかったのか、耐えているのか、年長者としてのプライドか。
あの日交わした言葉は少なかった。
ジョシュアはなぜキスをしたのかわざわざ言わなかったし、聞かれても答えるつもりはなかった。

――顔を見てたらしたくなった。
自分でももうすこし取り繕えないのかと思うほど、シンプルだった。

自分の膝に肘を置き頬杖をついて、ジョシュアは愉しそうにシベリンを眺める。
周りの話に相槌を打っているがどこかうわのそらだ。

そのうちオレのところにやってくる。

 

 

 


踏まれるだけ踏まれて穴だらけになった畑の気分だ――

踏んだ方はさして気にも留めず去り行き、踏まれた方は穴が開いたことをずっと気にする――
他にうまく例えようもないし、本当に土の気分だった。

夕方、自室に入るなり後ろ手で施錠し、シベリンは床に雪崩れるように座り込んだ。
足音を曖昧にする敷物は好みではない為、シベリンの部屋の足元には黒色の床板が敷き詰められ、それが見えたままの状態だ。
昼過ぎからまた降りだした雨のせいか、ひんやりしていて少し湿っているようにも見える。
『怖い夢でもみたら、また来なよ』


ここしばらく癖になってしまっているようで首元を触ってしまい、ジョシュアのことを思い出す。
シベリンにしてはめずらしく、思わず口に出してまで思い出さないと反論したのに、実際は思い出してばかりで歯痒い。

ああいう風に言われる前から、シベリンはたまに悪夢を見ることがあった。
そしてそれは確実に頻度が増し、シベリンひとりではもてあましてしまっている。
ひどい夢を見ても、感情がマイナス方向へ振り切った時も、いつだってひとりでなんとかしてきた、これまでは。


(また来たらどうだっていうんだ)
(何考えてるかわからないし、なんか怖いんだよな…)
そもそもあまり接点のなかった、顔の造形も所作も美しい灰髪のデモニックが、すごくちかい距離で整った唇の端を引き上げおもしろそうに覗きこんでくる事に、なぜそうなったのか、どう反応したらいいのか頭の処理が追い付かなかった。

すごく…ちかいというか、見ていたはずのその整った唇とふれてしまっていたわけだが。

捻じれたネクタイをていねいに伸ばしている指の一本一本が、さっきまで強引に自分を乱しにかかってきたとは思えないくらいに、ゆっくりと動くのが目の裏に焼き付いてしまっている。
ジョシュアのあの漆器のような黒い瞳に見つめられると、何故か身体が竦んでしまう。


(そもそもなんで俺相手にあんな……)

直後の表情を窺い見た限りでは、俺のことを好いている、そういう風には見えなかった。
嫌がらせならば、あれからとくになにもないのはおかしい。
本人はお礼だと宣っていたが。

お礼なんて、もっと他になんかあっただろ。

ここ暫く夜熟睡できていない。
行けばどうにかしてくれるのか?
ジョシュアには一番見られてはいけない所(ミス)をすでに見られてしまっている。
あれを知られてしまった以上、悪夢を見て寝れない件などほんの些細なことに思えた。

「あぁ……」

溜め息とともに壁際に背中をつけようと傾くと、ゴミ箱にぶつかった。
暫く出せておらず中身が溢れそうになっている。
「そうだ、今夜ゴミ出さなきゃやばいんだった」

実は寮泊まりになって一度も自ら足を運んだことのないゴミ捨て場は、ジョシュアの部屋のある棟の最下階にあるのだ。
3階上だし2階にも3階にも渡り廊下だってある。
会うことなどそうそうないだろう。
食堂へ行く前に捨てに行こう、念のために廊下ではなく外から回って直接ゴミ捨て場にアクセスできる入口から入ろう。

 

 

 


シベリンにとって廊下ではなく外から回って直接ゴミ捨て場にアクセスできる入口は、
ジョシュアにとっては食堂へ行くのに一番近い出口でもあった。

「―――…」

ふたりはばったりと鉢合わせ、ぴたりと動きを止めた。
わざわざ外から回りこんで来たために雨に濡れたシベリンのあかい髪の毛から滴がつたって落ちるさまを、やけにゆっくり感じながらジョシュアは眺めていた。

――そのうち来るどころか避けてるのか、面白い。

皆すでに食堂に出かけてしまっているのか、あたりはしんと静まり返りしとしとと降る雨音だけが耳をくすぐる。
視線が合うと危ないとなんとなく思っているのか、シベリンが顔を逸らす。
まだ自らジョシュアの部屋に行こうと思い立って来たわけではなかった。
ゴミを今すぐ手から放して、じゃあ、とでも言って食堂の方に歩けばいい。
そう思っただけで、足は錘がついてしまったかのように動かなかった。
もうほぼ治ったはずの襟元の小さな傷がじんじんする。


目を合わせてくれず、凍ったように動かないシベリン。
あんなにまでなんともなかった、という自然な態度がやはり作られたものだということを再認識する。

「ぬれてるよ」

ジョシュアはシベリンの手首を掴むと、軽く引いて雨に濡れない廊下まで招き入れる。

「……」
おどろいて、思わず見てしまったジョシュアの顔は、優しく笑んでいた。
ここ暫く勝手に持っていたよからぬイメージのジョシュアとはかけ離れていて。
「部屋で拭いてあげるよ、風邪をひく」

拍子抜けするほど、この前のキスがもしかしたらなかったことなのかもしれないと錯覚するほどジョシュアはこれまで通りだった。
例えば過剰に反応して、その場から逃げ去るとしたらそれを後から申し訳なく感じてしまうほどに。
「さぁ、行こう」
背中を軽く手で押され、シベリンは断るタイミングを与えられぬまま、3階のジョシュアの部屋に押し込まれる形となった。

 

 

 

 

「どうぞ」
肩や背中部分がびしょ濡れになってしまった上着を有無を言わさず剥ぎ取られ、絨毯に座るよう促され、紺色のバスタオルを頭から被せられる。
絨毯にあぐらをかいて、いつものようにわしわしと雑に髪を拭いていると、あらかた水分をタオルに吸わせた上着をハンガーに掛けたジョシュアが目の前に戻ってきた。

「髪が痛むよ」

バスタオルがするりと手から抜けていき、ほどなくして髪にふわふわとバスタオルをあてられる感触がしはじめる。
上着と同じでシャツも濡れていたが、脱いでいない。

シベリンは黙って拭かれながら無意識にネクタイや襟を触って、そこにジョシュアが触れないようにと願っていた。

横目にそれを確認したジョシュアが目もとだけで笑む。
ぷつん、と音がして後ろに髪をまとめている紐を切られたのだと気づく。
「へぇ…」

ジョシュアは興味深そうにシベリンを眺める。

そもそも髪を下した時点で少し若く見えるのだろう、さらに髪は濡れて不安そうな顔をしたままバスタオルがすっぽりと眼のそばまで被さって、とても年上のお兄さん…には見えなかった。
「ネクタイ、濡れてるんじゃない」

毛先の水分を取ってやりながら、シベリンが首元を気にしているのを知っててわざと確認する。
「っ、こっちはダメだ」

 

 

「ああ」

 


ジョシュアはにこりとして首をかしげた。
「じゃあこっちはいいんだ」

言い終わる頃にはもう、シベリンの唇に噛みつくようにキスをしていた。
「っふ…んんん!?」

驚いたシベリンがジョシュアを押し返そうとネクタイから両手を離すと、すかさずジョシュアの手が首元を目掛けて這って来るのを感じて慌ててネクタイごと襟元を両手で掴み直す。

するとジョシュアは襟元で良い具合に揃っていたシベリンの両手首を邪魔だとばかりに片手で押さえ込むようにしてさらにキスを深くしてきた。
「は……んぅ」

空いた片手でバスタオルごと頭を抱え込み口付けられる、すっぽり被せられていたバスタオルが目元を隠して前が見えない。
息苦しくて開いてしまった口にあっさりと侵入してきたジョシュアの舌がそろそろと上顎をなぞり、頬の内側を舐め、舌を絡めてくる。
「――っ・・・ふ」

シャツ越しに背中に毛のようなものが当たる感触に、いつのまにか自分があの高級そうな絨毯に組敷かれていることを知る。
息苦しさにかぶりを振りはじめてもキスの波は止まなかった、シベリンがいよいよ朦朧となってきた頃、唇が触れたままの距離で解放される。
視界を遮っていたバスタオルに気づいたジョシュアがそれをずらすと、シベリンはせわしなく息をしながら眩しそうに顔をしかめた。
「……っ…んで…キスを…」

結局ジョシュアがネクタイを弄んでいるが、シベリンは気づいていない。
「キスしちゃいけなかった?」

 

シベリンの頭上に、見えないクエスチョンマークが膨大に沸き出ている。

「髪を拭いてあげるとは言ったけど、他になにもしないとは言ってないよ」

ものすごくそばにあったジョシュアの黒い瞳が視界から消えたと思うとシャツの襟に沿ってそろそろと舌先で辿られ、シベリンはびくりと反応してしまう。
「そんなの…ずる…ぅあ」

「前オレのこの部屋でキスされたでしょ、忘れたのかな」

 

ほとんど脱力してしまっているシベリンの両手首をそれぞれ絨毯に縫い止めるように押さえながらジョシュアは、まるで彼が悪いかのような口振りで。
咄嗟に言い返せず、ジョシュアの舌の感触に思わず声をあげてしまった羞恥も混ざったシベリンは、顔を見られたくないのかふいっと逸らす。

――あぁ、これもいいな。

歯でネクタイの結び目を解こうと引っ掛けると、何をされるのか気づいたシベリンがじたばたと動いて嫌がる。
「や…め…ダメだって…!」

苦しいのに我慢して隠して、やっと治ってきたのに、また、傷が入ったら…
――また、ジョシュアのことばかり思い出してしまう

「ジョシュア…!」

シベリンの言い分は焦りを含んだ顔にある程度書いてあるが、聞き入れる気はさらさらない。
するりとネクタイがほどけて、きっちりと上まで閉まっている細かいボタンを歯で千切ってしまう。
「こっ、こういうのは…」

静止の声を聞き入れないジョシュアに、シベリンは顔をそむけたままぽそりとつぶやく。
「こういうのは?」

 

「恋人同士がやるもんだろ…」
シベリンは相変わらずジョシュアに絨毯に縫いとめられるように両手を押さえつけられ、胸元には制服のネクタイがほどいて置かれ、今にもシャツの襟元を引きちぎる勢いで食まれていたところだ。

「こういうのを?ふーん」
ジョシュアはシャツから口を離すと、黒い瞳をくるりと斜め上に向けて一声。

「恋人同士になればやってもいいってことだね」
考え直すどころか、何か納得して再びシベリンの襟元に顔をうずめる。
「はっ…!?ちょ、あ…ジョシュ・・・俺のはなしを…っう」
「聞いてるよ、どうぞつづけて」

喋っている途中でやわやわと鎖骨や首周りを食まれれば、思わず声が出てしまう。
「じっと…っ…てないと…っあ…」

「ねぇ」
例の傷口の部分に唇を触れたままジョシュアがしゃべりはじめ、シベリンがびくりと竦む。

「今日から貴方とオレは恋人ってことにしよう」


いやじゃないでしょ?いやだったらいま、逃げていいんだよ。

 

肌への息のかかりかたで、ジョシュアが笑んでいることがわかる。
シベリンの頭の中は呆然として同時に騒然となった。

恋人ってなんだっけ

この状態からどうやって逃げるんだ

いやじゃないよ、いやじゃないけど
そもそも、いやかどうか判別できるほど一緒に過ごしていない
年下の男に無理やりキスされたくらいで嫌いだと目くじらを立てるほど気は短くない

それに、それに――
こんなの、なんかちがうだろ…??


「っふ…俺のこ…と、う、好きでもなんでも・・・ないだろ?」

「うーん」
「く…ちつけたまま…しゃべるな…っ」
「ああ、ごめん。きもちいいね」

なんでもないような風に言われたが、一瞬で耳が真っ赤になるほど恥ずかしくなる。
ずっとそむけていた顔を起こして首元に執拗に悪戯してくるジョシュアをにらみつけると――。

予想に反して至極まじめな眼をこちらに向けていた。
なにか言ってやりたかったはずなのに、一瞬でそれは吹き飛んでしまって何も言えない。

「好きかどうかわからないけど、気に入ってはいるよ」

それじゃだめなの?

 

「だ、だめもなにも…」

好きかどうかわからない恋人なんて、いるのか?
俺の気持ちは棚にすら上がれず土の中踏まれたまま。
気に入っていれば、有無を言わさず手に入れるのか?

デモニックの言い分はさっぱりわからない――。
「ね、いいでしょ」
言いながら改めてシベリンの手首を握りなおして来る。
「返事は?」

上から両手に足に体重をかけられてシベリンが呻く。
「まっ…ジョシュア…」

首と肩を寄せて抗うも、あっさりと首筋に口づけられた後小さいが鋭い痛みが走ってびくりと身体が跳ね、思わずぎゅっと目をつむる。
「ぅあ…!」

何も口全体で噛まれたわけではないのに、ひと月、ずっとなにかにつけ意識してむず痒い思いをしていたからか、きっと大したことのない痛みなのだろうそれが、驚くほど鋭利に感じて。

「ね、返事」
さきほど噛んだばかりの場所の少し上をジョシュアがぺろりと舐めたかと思うと、また痛みが走り抜ける。
「……!!?」
「返事は?」
返事がなければまだやるつもりなのだろうか、怒っているでもなく、甘くもなく、強請る風でもなく、淡々と聞かれて。
ひりひりした場所に息を吹き掛けられ、また少し上につぎはここかと言うようにねっとり舌を当てるように這わされて。
「わかっ…た……」

痺れたように思わず答えてしまった。
何がわかったのか正直自分でもわからなかったが、もうメンタルも睡眠不足の身体もくたくたで。
少しの間のあと、腕が解放されのし掛かっていたジョシュアの重みがなくなったがシベリンは絨毯に腕を投げ出したまま茫然としていた。

「シベリン」

起こされてシャツを脱がされ、なにか違うものを着せられる。
触ってみるとずいぶんとゆったりしたトレーナーだ。

「待ってくれ、これじゃ…」
シベリンは慌てて怠い体を起こし、目を開ける。
ーー髪も結ってないし、首筋に不自然な怪我をしているし、これじゃ、こんな格好じゃ誰かしらと必ず会う廊下を歩いて自分の部屋まで戻れない。


「帰さないよ?」

シベリンの考えを見透かして、それを全く無視して。

「そんな姿でオレの部屋を出られると困るしね」

 

解かれて散らばるあかい髪の下で雨に濡れて体温の下がった肌は、いつもの健康的な色を失って青白い。
ゆるい服のせいでジョシュアがつけた印が二カ所、くっきり朱く滲んで見えている。
いつもより何倍も頼りなげで過剰に言えば泣きそうな顔。

イマジネーションのヴェールを纏ったシベリンがこの部屋のドアを開けた瞬間に、ある程度は覆い隠せるだろうが、服装や体温までは払拭できないだろう。
「酷い顔だ、今夜はもうなにもしないから」

いつもの面子と談笑している時のような品の良い笑顔を見せられて。
食べるものを買ってくるからそこにいて、と。
そんな姿や酷い顔にしたのは誰だとおもっているんだ。
――言ってやりたかったが言えずに。

結局シベリンはジョシュアが戻ってくるまで起こされた位置でそのままへたり込んでいただけだった。

 

夕方廊下で鉢合わせた時のように、戻ってきたそれからのジョシュアは普通だった。
品良くソファーに座り、適度に話し、歳相応の笑顔を見せたり。
ジョシュアといるといつものようにヴェールを被れなくなってしまっているシベリンは、次々と頭の上から降ってくる困惑の感情をつゆほども隠すことができないままだ。
饒舌なように思えていたのはうわべのイメージだけ、普段のシベリンも実際の彼もそれほど無駄話をしないことはジョシュアは承知済みだったようで、黙っていることに特に言及はない。

ジョシュアの買ってきた軽食をとり、なにもしないから浴びてきてとシャワー室に押し込められ、―ほんとうになにもされず、ちゃんと一人で浴びれた。

「服が…」

シャワーのすぐ外に置いていたはずの着ていたものと着る予定のものが全部姿を消していて、タオルがあっただけましなのかもしれないと腰に巻いて出てきたシベリンをジョシュアは面白そうに見た。
服はなかったがジョシュアに対する緊張のようなものは多少解け、その代わり崩壊寸前だった眠気が一気に襲ってきていた。
「拭いてあげる」

服についての返答はなく、拭かれない選択肢もなく。

ベッドのはじに腰掛けさせられると柔らかいタオルケットが肩から滑り込んでくる。
「今日はよくねむれるんじゃない」

やわやわと髪の水分を拭いながらジョシュアが正面から覗きこんで、そのまま触れるだけのキスをしてきた。
「もうなにもしない」の「なに」リストに、どうやらキスは入っていないようだ。
なにもしないって、なにはいったいどれだったんだ。
半分寝そうになりながらとりとめもなく考えていると不意にそっと手をとられる。


なんだこれ。

これまでは手首を掴まれたり、腕を掴まれたりしていたのに。
指を絡めるようにゆっくり手を取られて。これじゃまるで―――。


灰髪のデモニック。
俺をふりまわしてあそぶのはほどほどにしてくれ…。

 

許容を超えた眠気に抗えず、シベリンは目を閉じた。

 

 

 

 

 

「よ、ボリス」
朝、教室前で一番最初に顔を合わせたのはボリスだった。

前に立ったシベリンの襟元からほんのすこし覗いている包帯に目線が行っている。
「首、怪我でもしたんですか」

愛想はないが真剣な目で心配そうに見上げて。

 

「んん~?ああ、これか。大丈夫だよ」
サンキュ、と微笑まれそれ以上は何も言わずに道を開ける。
すれ違いざまにいつもよりだいぶ下の位置で結われた赤毛がふわりと揺れるシベリンからどこかでかいだことのあるにおいがして、ボリスはわずかに振り返って、続けざまに入ってきて目の前をすり抜けて行ったジョシュアの残り香に確信する。

前に一度、課題のことで確認に行った時、ジョシュアの部屋の中に香っていたラベンダーの匂いだ。
振り返ってシベリンを一瞥した後ジョシュアを見るとすぐに視線がぶつかった。
中身の読めない艶めく黒い瞳を見ても冴えたブルーグレーはたじろかない。

「別に何も言うつもりはない」と声は出さず口だけ動かすと、ジョシュアはにっこりしながら口の前で人差し指を一本立てて見せた。
いつもの面子の中で一番いなしにくいボリスに率直にあれこれ質問されれば、さすがのシベリンも返答に困るだろう。

彼を乱すのはオレだけでいい。

 

 

席に着いたボリスはさっきのジョシュアの黒い瞳を思い出していた。
元々飄々として考えの読めない相手だけど、さっきのあれはなんていうか――
「余計なことを言うな」というよりは「シベリンをあまり見るな」

そんな感じだったな。と。
自覚はなさそうだけど、シベリンが好きなのかな?

まぁ、俺が考える事ではないな。

ボリスはしばし思慮にふけって長い黒髪を指先で弄んでいたが、そのうち飽きて切り替えた。

 

 

 

 

 

(たしかによく眠れたな)
シベリンは久しぶりにクリアな視界に目をくるくるうごかして確かめる。

朝起きた瞬間いつの間にか着せられていた(ここから既に問題なのだが、あえてつっこまないでいてもらいたい)ゆるい寝巻の下半身に背後からジョシュアの手が突っ込まれていて、死ぬほどびっくりしたけど…。
狼狽して「なにもしないって…!!」とシベリンがもう何回目かの同じフレーズを口にすると、突っ込んだ手と違う方の指が口の中に押し込まれてそれ以上喋れなくなる。

「今夜は、って言ったよ、今は朝」

 

軽くあしらわれ、結局ジョシュアの気のすむまであっちもこっちも触られて。
俺が慌てたり声をあげてしまうことを楽しんでいるだけなのか、決定的なことは何もなかったけど…
自分の体温と混ぜるように――冷たい指先を置くようにあてたあと、温度差がなくなるまでじっとしていて、なじむとゆっくり撫でられる。

――あいつの触り方がなんかこう、肌が泡立つようで、苦手なんだよな…。
伺いもなく、躊躇もなく、いつも身構える前にはもう触れられていて。
……今、思い出すことじゃなかった…

講義中にへんなことを思い出して、シベリンは自分にあきれると同時に顔には出さず焦る。
すれすれの位置だったのにその上を噛まれ、襟では隠せなくなった部分をカバーするために巻いた包帯を無意識にいじる。

 

シベリンより斜め後ろの席に座っているジョシュアは、その一連の動きを頬杖をついて見ていた。
常用している紐と違ったため、高めにできずいつもより下目に結ってある髪がイスの背凭れとシベリンの背中で擦れてゆらゆらしている。

シベリンねぇねぇ。

前の席のルシアンが悪戯でもおもいついたのか、嬉しそうにシベリンに話しかける。
シベリンは話しかけてきた相手を適当にあしらったりはしない。
笑顔でルシアンになにか答えている。

――わかったと言ってたけど、今夜念を押すべきだな

ちりちりした感覚にジョシュアの眉が寄る。
胸の中のもっと奧の下のところ――がむずむずする。

 

あ――これなんだっけ、ま、いいか。

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□③

 

 


食堂からの帰り、いつものように石畳の中庭から寮の門をくぐる。雨水を存分に吸った花ばなが花壇からあふれるように咲いている。
革靴の上にひらりと舞い落ちた白い花びらに、シベリンは視線を落とす。
花なんて咲いてたかなーー。睡眠不足が酷くなってから、こういうことには目が回らなくなっていたのかもしれない。

無意識に襟元に触れながらジョシュアのことを思い出す。
とてもひんやりとした眼をしながら、きれいな唇が弧を描くところ。
どうやら昨夜から恋人らしいのだが。恋人は恋しいからこそ恋人なんだぞ。好きかどうかわからないってなんだ。恋しくないだろ。
好きかどうかわからないならそのうち飽きるだろう。そうしたらまた、もとどおりになるだけだ。
これじゃ俺は好きかどうかわからないと言われたところにずいぶんと引っ掛かってるみたいだ。引っ掛かっていたとしても、ジョシュアへ好意があるかと言われればNOだ。ーーいまは。

 

 

ただこのままーー好きかどうかわからないと言われても、キスをされたら。そっと指を絡められたら。やさしく名前を呼ばれたらもう、勘違いしてしまう。

苦しい夜に誰かに縋りついて、わかってもらって、眠るまでみていてもらうーーそんなあるべきところにはあたりまえにあるものに飢えている俺の「なかみ」があの花壇の花のように収まりきらずあふれてしまう。

そうしたらもう、もとにはもどれなくなる。
ほしくてほしくてたまらないのに、もとどおりになるために多く望まず期待をせず通わせずーー。


まだ、まだもとどおりになれるところにいる。

寮の廊下をうつむいたまま誰とも会わず自分の部屋にたどり着き、ドアを開けていつものように後ろ手で施錠する。
金色の双眼が映しているのは靴にはりついた白くてまるい花びら。
「はは…」

シベリンは薄く笑った。

「なにか楽しいことでもあった?」


ドアは背後にある。床を見たそのままで可能な範囲を確認する。この床もごみ箱もソファーもベッドのカバーも、自分の部屋のものだ。
ーージョシュアならば、湧いて出てもおかしくはないか。(勿論物理的に入ってきたのだろうが。)
思わず息をするのを忘れていたようで、留まった息をシベリンは細く吐きだす。

楽しくて笑ったわけではないのを重々承知でそう聞いてきた声の主は床をほとんど軋ませる事無く歩み寄り、正面に立った。
顔を上げないシベリンの視界に指の長い綺麗な手が入り込み、続いて灰色の頭髪が揺れて、ゆっくりと靴にはりついた白い花びらをつまみあげる。
「儚くて…かわいいね」


指と指の間に隙間をつくると、どこにもくっつけなくなった白い花びらは床の上にはらりと落ちた。
「脆くて」

自分に言われたような気がして思わず目を合わせて軽く睨むと、ジョシュアはふっと笑った。
「恋人になんて顔するの」

首筋の傷に成り代わり昨夜から時折心を乱すそのワードにシベリンが困ったような顔になる。相変わらず急に間を詰めてきたジョシュアは、シベリンの胸をそのままおさえてドアに押し付ける。
「オレにはそんな顔で、ルシアンにはあんな笑顔見せるんだ…」


傷ついたような口調にそぐわないなんでもないような顔をして。
シベリンはいつのことかどれのことか、なんでそんなことを言われているのか図りかねていつものように視線をそらす。

ーー笑顔はまぁいいや、他の顔、見せてもらうから。

視線をそらしたシベリンの頬にキスをすると驚きからかぴくりとはねて、はねてしまった自分を叱咤するようにシベリンの目が細められてジョシュアの気分を良くする。

あちこちに啄むように口付けながら、優しく縋るように重みをかければドアに寄りかかっているシベリンの体勢が下がって目線が同じ高さになって。そっと指を絡めるとシベリンの表情が変わってくる。気持ち良い気持ち悪いとはまったく別物のそれに。

やわらかくやさしくするとシベリンは困ったような苦しそうな顔を見せる。ジョシュアの知っている一般常識的には、やさしくされると嬉しいもののはずで。

ーーまるで自分自身に警戒しているような顔をして。
絆されて、好きになって、欲しくなってしまったその先が怖いのか。

でもそれって、もうほんのすこしはすきってことだよね。
シベリンには気付かれないように、床に落ちた白い花びらをジョシュアは靴底で踏みにじった。

「シベリンは絶対オレのこと、欲しくなるよ」

唇と唇が触れあったまま、シベリンは嫌がるように首を振った。

 

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

風ひとつない、月がはっきりみえる夜。

存分にあかるい月のひかりに照らされたシベリンの寝顔をジョシュアは視ている。
毎日おいで、と言ったのに数日に一度しか部屋に来ないその恋人はうまく眠れぬ夜が続いてもう限界、というラインまで我慢しているのかドアの中に招き入れて寝てしまうまでに最近は時間がかからないことが多い。

ジョシュアが増長させるまでもなく、暗い部分がシベリンを覆ってしまおうとしていることにすぐ気づいてかけたまじないはすでに取ってある。


――それでもこれか。

つるつるした肌触りの夜着をそっとはだけると、勝手に着せ替えたシベリン曰くゆるいねまきーーシベリンは不満そうだが、安眠するには身体を締め付けない服装が良いとジョシュアは考えているので毎回勝手に着せる。ーーが呼吸の上下とともに細微にしわの形を変えていた。


起こすつもりもないが起こさないように気を使っている素振りもなく、ジョシュアは何度か寝巻きの上から胸元や腹筋を指で軽くなぞったあと、その先にあった寝巻きの下に手を滑らせ這わせるがシベリンは ん、と鼻から抜けるようひと声出しただけで起きることはない。
寝ていても起きていてもジョシュアは突然シベリンに触れることが圧倒的に多い。はじめは毎回ふれる度に驚いたり思わず身体が跳ねたりしていたが、それもずっと続けば嫌でもふれることに馴染んでくる。

もちろん、慣らすためにやっていたわけだが。
シベリンは最初から首筋以外の部分への接触にあまりいい反応を示さなかった。キスも苦しさ8割、といったところだろう。
身体が緊張や恐怖から強張っていたり、気持ちがゆるんでいない状態でいくら撫でてもその手やキスは『ふれた』という感触しかのこせないままで。
たまに首筋に軽く噛みついたりもするが、なんでもない接触の方が多いのだと時間をかけて馴染ませて。

こわい、なにをされるんだろう、ふれた、より、
ふれた、きもちいい、のほうが色々とやりやすい。


ーーま、あんなはじまりかたをしたんだ。

惚れたりなんだりを通過してきた男女や望んだふれあいとは事情がちがう。いきなりどこもかしこもきもちいいばかりだとその方がむしろ心配だ。


もうとっくに梅雨はあけて、涼しい夜もここ数日までだろう。
相変わらずもう治ったはずの襟元は日中ずっと禁欲的にきっちりと閉じられ、ドアを開けたときの渋々とした表情が寸分も違ったことはない。
恋人の件は考える暇を与えず追い詰めて手に入れた『シベリンを好きにできるポジション』に過ぎず、相応に甘くなったり笑顔を向けて欲しいとは思ってはいなかったので気にはならない。
ジョシュアと居るときのシベリンの顔にはいつもだいたい、『なんで』と書いてある。

なんで俺なの。なんでふれるの。なんでまた来てしまったんだろう。なんで、なんでーー。
心の暗い部分の混乱がひどいときは自分が今ここで足元の床に足の裏をつけて立って息をしているところにすら、『なんで』だろう、という顔をしていることがある。

 

でもけっして『なぜ』と答えを欲しげに聞いてくることはせず。
まるでそこで答えを出さずに漂ってるのが心地いいかのように。
危うくて、もしかして目の前で壊れてしまうのではないかと思うほどのシベリンの脆さが自分にしか見えていないのかと思うと痺れるような愉悦が頭の先から足のつま先まで駆け巡る。

ーー興奮してる。

自分の身体の昂りに気づいてジョシュアは苦笑した。

 

――まだどろどろにはできないだろうな

それでも。

 

 

 

まだ夢の淵にいるシベリンの背後に寝転ぶとジョシュアはまず顔から彼をさわり始める。頬、くちびる。一カ所一カ所確かめるように押し当てては離して。
「ん…っ」


顎から首のラインに指が差し掛かったとき、シベリンが声をあげた。流石に起きたのだろう。起きていても寝ていてもどちらでもよかったジョシュアは特に声もかけず行為を続ける。

頬を撫でつけながら今や寝ているときしかこうして晒されない首筋にふれるかふれないか分からない程度に舌を這わせる。
「ジョ…シュア…なに…」


眠そうに掠れた声を無視してべろりと舐めてみるとシベリンは思わず背を仰け反らす。
腕のうらがわの柔らかいところや、腰のラインをそろそろと撫でると震えていて。
思わず反応してしまうところ。をジョシュアは熟知しているのか、その的確な指先にシベリンは息が詰まる。疲れて眠りに落ちていた怠い体はいつもよりずっと正直に、シベリンの思惑を無視して快感を拾っていく。これまでに感じたことのなかったような体の奥の燻りに不安になって身をよじる。
「く…すぐったい…やめてくれ」

そう言われてジョシュアは寄り添うように背中にくっついていたが、自分だけ起き上がって横向きに寝ているシベリンの上に跨って圧し掛かってきた、ベッドに片肘をつき、シベリンの首元にジョシュアの手首がのるような少し息苦しい体勢。


喉を押される感触に楽になりたくて正面を向けば、すぐそこに漆器のような黒い瞳があって。
ジョシュアに顔を覗きこまれて慌てる前にゆるく反応している前をじかに触れられ頭のなかで火花が散ったように錯覚してしまう。

「きもちいいね」

自分が触っていてきもちがいい、というようにも聞こえるような呟き方だったが、それがシベリンに自分がきもちよくなっているのだ、という事実を突きつける。
視線を逸らさせてもらえないまま寝巻の中でゆるく立ち上がったそこを指の腹でなんどもなんどもなぞられ肌が泡立つ。「きもちいい」んだ、と思った途端に指が触れたその刺激がじんじんと指の軌跡につづいて追いかけていくようで、余韻が順にぱちぱちとはじけて堪らない。

あぁ、そこにあるね、といった感じで軽く握られたことは何度もあったが、こんなねっとりとした触り方をされたことはなかった。思わずいつからかシーツを握りしめていた両手で、自分を乱すジョシュアのその手を取り払おうとする。
「やめてあげられない」

宥めるような声音だが手は止まらない。肌蹴た寝巻から覗いていた胸の尖りを歯で触れられて。下と上とどちらを止めればいいのかうろうろと両手がさまよったが結局、どちらにも辿り着けずに寝巻を握りしめる。
「…っ……は」

自分の一挙一動を逃さないように見下ろして来るジョシュアの視線に耐えられず目をつぶると、それまでは聞こえなかったジョシュアの少し荒い息づかいや、想像もしたくないーー自分の体液からなる水気のある音に気づいて、ふくれあがる羞恥に耐えられず唇を強く噛むと、首の上に置かれていたジョシュアの手がもぞもぞと移動しはじめ、噛んだ唇の上で軽くノックするようにとんとん、と動く。
勿論それで唇を開けるわけがないと分かっているので片手の中に納まって、もうだらだらと蜜を零しているそれを強めに擦って驚かせ、強引に隙間を作る。
僅かな隙間から覗くシベリンの白い歯の数本に、爪を引っ掻けるように噛ませるともう歯を食いしばって耐えることができず唇を閉じることもできない。

あぁ、とかうう、とか。自分ですら聞いたことのない、まるで実は背中にでももう一つ口があって、そこから知らない人の声が出ているのを聞いているのだと思いこんでしまいたいほどに甘い声が口のすきまから出てしまって。ジョシュアの指先が触れる部分がゆっくり融けてなくなってしまいそうで。

心地よさを通り過ぎ度を越した快感に体温があがり涙腺からは勝手に涙が漏れてくる。
「や……あぁ…」

 

寝巻きを握り締める指に血が通いきれず白くなって、喉元を仰け反らせ、きもちよさとはずかしさでどこもかしこもあつくて指先以外があかくなっている身体にジョシュアの喉が鳴る。シベリンの寝巻きをずらして素肌を曝け出すと自分も腰を浮かせてシベリンのそれよりももっと熱を持った自分の昂りを取り出して、自分の手に一緒に握りこんでしまうとゆっくり馴染ませるように扱きはじめた。

 「ぁ…え?…うあっ!」

 

焼ききれそうなところにさらに刺激が増えて堪らず大きく声をあげてしまったシベリンの口内へ更に進入してきて舌や頬の内側を一通り嬲った手がすっと引っ込んだかと思うと、次は首の後ろに回りゆるく結んでいた赤毛の根元を掴まれ、頭を軽く引っ張り起こされた痛みに目を開ける。ジョシュアは獰猛な眼をして、いつもはきれいに弧を描いているその口元からぺろり、とあかい舌を出してささやく。

「よくみえる」

 シベリンはジョシュアの欲をあらわにした顔と、ジョシュアのあつい昂りと一緒に握りこまれた自身を数度見比べて、目を開けたことをひどく後悔した。もうぜんぶぜんぶ、あつい。ひとつ触れられればひとつ声が出てしまって、まるで楽器だ。手で邪魔をされていなくても声が抑えられない。リズムの早くなってくる刺激に顔を背けたくても髪ごと後頭部を掴まれて。

 

「すごく…イイ顔してる」

 自分がどんな顔をしているのか、考えたくもないと思うと同時にその答えを知らされて、これ以上ないと思うほどに膨らんでいた羞恥が更につのる。

 

もうぐちゃぐちゃに握られている自分の芯が焼き切れて、熱が今にもあふれてしまいそうなのはジョシュアも同じなのか、息を吐きだしながら笑って、眉を顰めて、じっとシベリンを見る黒い瞳の横をすうっと汗が流れた。

「ねぇ…」

 

それまで何も聞かず何も求めてこなかったジョシュアが快感に溺れても整った顔のまま舌なめずりをして、とんでもない事を口走る。

 

「イく顔、見せて」

 

あつくてたまらない芯の先端を擦られて。

声も出ないーー。

 

シベリンはジョシュアと目を合わせた状態で何一つ抗えないまま熱を放ってしまう。ぴったりくっついたままのジョシュアの昂りもどくりと脈を打っている。寝巻を握りしめたままだった指先も、足のつま先も、胸のなかも、頭のなかもぜんぶ血液がぱちぱちとはじけてしまいそうにあつく、身体がびくびくと戦慄くのを自制できない。

 

「今夜はこれで許してあげる」

 

仰向けの腹の上、まだ震えている腹筋の溝やヘソの窪みに滴った二人ぶんの白い液体をジョシュアが指でゆっくり混ぜ合わせるように触れてくる。

たったいま、自分が何をされていたのか知らしめるように指を浮かせても粘り糸を引くそれを見せられて。

みられてしまう。このままでは。ねだってしまう。

 

「…っも、さわるな…!」

 

堪らず身を捩ってよろけながら起き上がり拒絶を口にすると、ジョシュアはふっと笑った。

「許してあげようと思ったのに。そういうこと言うと…酷いことしたくなるな」

 

優しく笑んだ口元から出てるとは思えない言葉の内容にシベリンが静止して押し黙る。

ふらつきながら膝立ちになっているシベリンの背後に回って片足を割り込ませた上に座らせて、濡れて乱れた寝巻きからまだ出たままだった縮んだ中心を握り込むとびくりと跳ねる。達して時間が経っていないそこは酷く敏感になっていて自分達が吐き出した液体を絡めて伸ばすように数度扱けばあっという間に膨れ上がり透明な滴りを溢す。

 

「く…っ、ん………んんっ、」

 

力ない片手首を掴みあげて、そのまま自分の手首をシベリンの口に噛ませると籠った喘ぎが振動になって咥内から耳に抜け大きく響いて心を散り散りに乱す。

「自分の声、わかる?」

口元を押さえつけたまま首筋に浮かぶ汗を舐めとり、緩急をつけて昂りを嬲っていくとシベリンの身体ががくがくと震えて崩れてしまう。

「っは…んんん、ぅ」

 

再び達しそうになる寸前でジョシュアがぴたりと動きを止めて首筋から耳に舌をあてて滑らせながら低く囁いた。

「このまま…何度も何度もイかせてあげよう」

「ん、んん…!!」

 

耳のなかに舌を差し込まれ、自分の声がより脳内に響いて。ジョシュアはじっとしたまま手を動かさず軽く握っていただけだったのに、自分の声に、ジョシュアの声に、羞恥が弾けて達してしまう。

 

「オレのこと欲しいくせに、嘘ついちゃだめだよ」

ぱっと唐突に身体を開放されたシベリンがよろけてベッドに倒れ込むとジョシュアが容赦なく再び身体に手を伸ばしてくる。

身体を弄る長い指の動きは荒いのに、時折触れてくる唇はそっと甘やかに肌に馴染んで。

いっそ全部酷くしてくれれば、そのせいにして、傷を舐めるふりをして溺れていくこともできるのに。

戦慄く身体を止められず、溢れる涙も止められず。ぐしゃぐしゃに嬲られた身体は意識を手放した。

 

 

 

 

 

「今日変な声してんな」

おはよう、の挨拶を返さず栗色のストレートを雑に耳に掛けながらマキシミンがどうでもよさげに聞いてくる。

「戦いの最中に高揚して叫びでもしました?」

隣に立っていた朱い眼をしたランジエが、おはようございます。と付け加えくすくすと笑う。

「は。そんなことしてないさ、ちょっと昨夜は冷えたからな」

すれ違いながら肩を竦めて寒かったという素振りをして席に着くと、ねーねーシベリン~といつものようにルシアンが懐いてくる。

「昨夜課題を見てほしくてシベリンとこ、行ったのに~居なかったよ?」

ぶうぶうと文句を垂れるルシアンの後ろで、マキシミンもランジエもこちらを向いている。

 

「オレの所に居たよ」

シベリンが何か言う前に後方からジョシュアの声がした。

「なんで??ずるい、なにしてたの?おれもジョシュアの部屋入ってみたいな~」

「オレの部屋にはジュースも菓子もないよ」

「ええ~~~・・・」

「お前ら仲よかったのか」

「マック君気になる?」

「んや、どうでもいいわ」

マキシミンは心底どうでも良さそうに首を傾げると欠伸を一つして机に臥せってしまった。

「どうでもよくない!」

ガタリと立ち上がったルシアンの肩をランジエが押して座らせて。

「ルシアンはもう少し自分の部屋で落ち着いていられないんですか?」

ボリスの部屋に行きすぎですよ。ランジエがルシアンを窘めて話の矛先がずれていく。

「ええ~寂しいよ!おれは誰かと居たいもん」

 

人前で憚らずそんなことを口にするルシアンを見て、シベリンが目を細めた。

羨ましいな。

「ねー、夕食の後あそぼうよ~」

「はは、課題はどうなったんだよ」

「シベリンの部屋、行ってもいい?」

キラキラと期待に目を輝かせるルシアンに、シベリンは掠れた声で答えた。

「ま、遊ぶのはいいがそれならケルティカに行かないか?」

「わかった!レモンジャムパイ食べたいな♪」

 

無邪気に喜ぶルシアンの笑顔に、シベリンは唇を閉じたまま微笑んだ。

白い歯を見せるような笑顔が、ジョシュアの機嫌を損ねると知ってしまったから。

自分が踏み込んだ領域に誰かを招き入れることも、ジョシュアが嫌がると思ったから。

これがどんな気持ちに当て嵌まるのか、わかっている。でもシベリンは認めたくなくて軽く頭を振った。

 

 

 

振り返って見ることができなかったジョシュアは、どんな顔をしていたのか。

 

 


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□④

 

 


廊下の床板がわずかに軋む音にジョシュアはドアの方向に視線を寄越す。

 

間を置かずノックが一回だけ。

「開いてるよ」

珍しく1週間ほど雇われて出掛け学院を不在にしていたシベリンが今夜帰って来るのは把握済みで。

呼びかけに答えて入っては来ず、ズル…と布の擦れる音がしてジョシュアがドアを開けてやると大荷物を持った(正確には荷物の入った麻袋は床に一部底を付け、引きずられていたのだが)シベリンが立っていた。この数か月毎回見ていたドアの前で渋々うつむいていたシベリンとは違い、ほんの一瞬だったが明らかにジョシュアを目にして「ほっ」とした顔をした。ジョシュアはその小さな違いに気を良くしたが、顔には出さない。

「どうしたの、入って」

ドアを開けてやっても入ってこないシベリンは汗ばんだ額を軽く手の甲で拭ってゆるく頭を振った。
「いや…いい…汚れてるし…」
「じゃあ、何のためにきたの?」

どう考えても帰ってきたそのままの格好で、自分の部屋にも寄らず。ジョシュアはもちろん何のためにきたのかわかっているが、シベリンについては優しく推し量り察してやる「方針」ではない。

全部――全部自分の口から言わなきゃだめだよ。その時その時の貴方の表情をひとつも逃さず見たいからーー。
シベリンの口は何かを言おうとして開いたまま閉じない。荷物のベルトを持つ手に力が入っている。今すぐ背を向けて帰りたい衝動と、そうではないーーそれに反する衝動が脳内でせめぎあってるのだろう。
「ね、なんできたの」
埃っぽく乾燥しているように見える少しほどけて前に垂れてきている赤毛を一筋つまんで下から覗きこむ。

長らく自分さえも偽って完璧にシベリンだった目の前の年上の男は、正直になにか思った事を口に出す事について罪悪感すら感じるようだ。怒りたい時に静かな顔をして、泣きたい時に笑って、そうしてずっと偽ってやってきたのだ。
ジョシュアが春からこの初夏までに見る事の出来たシベリンの素直だった所と言えば、さっきの「ほっ」とした一瞬の顔と、近頃ジョシュアの部屋に居るときにソファーに「そこそこ深く座る」ようになったところくらいだろう。

「―――居るか…確めに…」
外は暑かったのか、慌てて帰ってきたのか。シベリンのこめかみから頬に汗が一筋伝っていく。きわめて遠回しな言い分だし、忙しなく視点を変える金の眼を合わせてこないのがいまいちだが、耳の周りが恥ずかしさからかあかくなっているし、及第点とすることにした。

「洗ってあげる、入りなよ」
シベリンはうぐ、と音声が出ているような困った顔をしたが、ジョシュアがなにか言い出すともうそうなるしか選択肢がないのだと身をもって学習してしまっているからか拒まず部屋の中に入り込んできた。
この辺は――素直になった――と言うよりもオレの懐柔の賜物だな。ドアを閉めながら薄く笑った。

 

 

「…っあ、あ…」
流しっぱなしの水音に混じってシベリンの掠れた声がシャワールームに響く、洗ってあげる、の文字通りジョシュアはシベリンの身体の汚れを泡でかき混ぜ拭っていたわけだが。ジョシュアの撫でるようなさわりかたがどうにも堪えられず身を捩ってしまう。声を噛み殺すとすぐに気付かれ、余計に声があがるように仕向けられてしまうので悔しいが諦めて最初から抑えない事にしたのはいつだったか。

「…は…っあ」
ゆるく開いたままの口の中から真っ赤な舌がちらちら見えて、飲めずに溜まった唾液がたまに顎に伝い糸をひいて光る。
「どこもすごく敏感」

ぜんぶぬいでふらつきながらなんとか立ったままのシベリンの足元で、膝をつき服を着たままシャワーにうたれて半身濡れたジョシュアがシベリンのゆるく反応している昂りを手に取り歯に衣着せぬ感想を述べた。
防水の少し弾力のある壁に震える手をついてシベリンは眠そうにぼうっとした顔で、見上げてくるジョシュアと自覚なく目を合わせている。

ぺろりとそのまま泡のついた膝を舐めてやると、あ、と声がでる。
普段ならこんな体勢やアングル、絶対に嫌がって、やめてもらえない事にシベリンが諦めるまで時間がかかるのに。左右に軽く割り開いた長い脚にはいくつか打ち身ができているし、ハードな任務だったのだろう。肉体的にも酷く疲れている様子だ。

「…シュア…も、立っていられない…」
快感もだが、それよりも眠気が強いようでまるで酒にでも酔っているような眼で赦してくれと訴えてくる。
「寝たいんだね。いいよ」
眠くて眠くて眠くなってしまったシベリンをこれまでに何度も見ている。こういうときの彼はいつもより抵抗も弱く、羞恥を感じるラインも緩くなるのか反応も緩慢でされるがままで。要するに崩しやすいのだがジョシュア的にはそれは好ましくもあり、しかしつまらないことなのでとても中途半端なところだったがあっさりと退いてシベリンの泡を流してやって。


「んん…」

いつもは必ず一度は自前の寝巻きに着替える場面だが、引っ張り出す元気もなくジョシュアの用意したものを着せられ、髪を拭かれ、ベッドへ放られるとそのままの体勢で眠りに落ちていった。1週間、どんな夜を過ごしていたのか。この様子じゃ殆ど寝なかったんだろうな。
――半端に熱を持ったまま眠ってしまったけど、後でどうなるかな…

ジョシュアがなんのリターンもなく手を引くわけがなく、眠るシベリンの髪を鋤いてやるジョシュアの表情は至極楽しそうだった。


次の日の朝、ジョシュアが起きると隣で長い四肢を丸めて寝ていたシベリンの姿はもうベッドにはなかった。教室にも姿は見当たらず、ルシアンが黒髪の気だるそうな教授にシベリンのことを聞いて「あいつはまた任務だ」と短く吐き捨てられていた。
――忙しいことで。まぁ、日々はイレギュラーな方が退屈はしないな。
意図的に齎(もたら)すアクシデントより、ずっと効果が高い。
シベリンはどうかわからないが、それからまた3日間。ジョシュアはジャムが煮詰まるのを待っているような気分で楽しく過ごした。

 

1週間ぶりの逢瀬(殆ど睡眠だったが)から逢わずに四日目。ジョシュアがその日の講義を終えて部屋に戻ると、見慣れない服装のシベリンがベッドに上体だけ預けて何が抱き込んでうつ伏せになっていた。眠っているのか背中が緩いリズムで上下して。青白いてろてろとした光沢のあるシャツが入れ込んである黒く長いスラックスの終点からは素足が覗いている。
「シベリン」
抱き込んでいたのはポプリの仕込んであるクッションで、ジョシュアはそれを見て目を丸くする。
淡くラベンダーの香りのするそれをシベリンが最初に見つけたとき、彼は顔をしかめてーーこれは苦手だ…ーーと言ったのを思い出したからだ。
勿論ジョシュアは自分の総てにシベリンを馴致するつもりだったのでポプリを引っ込めたりはしなかったわけだが。

―オレの香りが恋しかったのか―。

眠りを妨げるのを気にもせずシベリンの肩を掴み、うつ伏せをひっくり返すようにしてやると、てろてろのシャツの襟元にはスラックスと同じように黒色をしたナロータイが巻かれている。

「あ…」
声に気づいてシベリンを見遣ると、寝ぼけた目でこちらを見ていた。
「どこ行ってたの?」
「パーティーで、要人の護…っ」
言い終える前に細身のタイを引っ張ってベッドに腰かける自分の膝元にシベリンを寄せると、ジョシュアはにこりとした。
「…っ、借り物だから、離し…」
「着替える前になぜ来たの?」
「………」

確かに…という面持ちから暫し考え込んだあとに僅かにあかくなり、シベリンはタイを引っ張られたまま可能な限り俯いた。

「…わ、からない…」

「本当に?」

聞きはしたがわからないのも無理はないか。内心ジョシュアはそう考えていた。「好きだよ」とあまく囁いたことはなく、していいか聞いてからキスをしたこともなく、どちらかと言えば嫌われてもおかしくないようなこと、をシベリンにはしてきている。いまこの瞬間も。
身体がきもちいいことと、よく眠れることと、意地悪く身体を暴かれること、顔を見たくてたまらなくなることが、ジョシュアのやり方とシベリンの取り方のせいで全く交わらずにそれぞれ伸びていってしまって、そんなバラバラな思いが果たして一本の線になり「好意」に終着するのかと考えると難しい。

普通の恋愛のように口説いていっても靡くか怪しい状態のシベリンに、ジョシュアは乱暴に、そのくせ回り込んで近づいているわけで。

――それでも、確実に「こっち」に来ている。
多く語らないシベリン。でも、思わず部屋へ来てしまう脚が、無意識に合わせてくる瞳が、少し触るとすぐにあつくなる肌が、オレを欲しがってる。ジョシュアには自信があった。

「オレに悪戯されたくて急いで来ちゃったんだね、どうしてあげようか」

タイを引くことでベッドから降ろされ絨毯に這いつくばるような体勢になっているシベリンの頬に唇を寄せ囁く。頬に感じた吐息が時間差で身体に響いたのか、一拍置いてぶるりと身震いした。そんなんじゃない、と言いたげにシベリンは緩く首を振る。

「――オレに欲情してるの、 自覚しようか」
ジョシュアはベッドの端に腰かけたまま、シベリンの首に巻かれているタイをぐいぐい自分の方へ引き寄せると唐突に自分の制服の前を寛げ始めた。

「くちをあけて」

目の前にまだ何の反応も見せていないジョシュアの自身を差し出され、ジョシュアと目前のそれを交互に見るシベリンの口に、タイを握っていない方の手の親指を頬の内側に差し入れてこじあけた。

 

 

 

 

「ん……っぐ…」
「舌、ちゃんとあてて」
「…っ……ふ」
自分勝手にタイを引っ張られ、腕や脚でうまくバランスを取っていないと息が詰まるような体勢でシベリンはジョシュア自身を口に含まされている。

「んん…っ」
はじめて咥内に迎えたどんどんかたちをかえていくそれが苦しくて堪らない。
「ふ……いい眺め…」
ジョシュアはシベリンの顎に伝う飲み込みきれない唾液をつ、と人差し指で拭うとぺろりと舐めて見せる。いつもと変わらず涼しげな美貌にそぐわない欲に濡れた視線がいたいほど自分に注がれて、一方的に咥えさせられているだけなはずなのに知らぬうちに何処かのスイッチを入れられたかのように身体がちりちりとあつくなってくるのを感じて戸惑ってしまう。
「っあ……ふ…」

自分のままならない呼吸音と咥内からでる水音が鼓膜を炙り、胸の中にちりちりと溜まった熱が身体をめぐり腰におもく集まってくる感触に堪らず身を捩ると、

「きもちいいね」
ふ、と軽く息を吐きながらジョシュアが聞いてくる。

「んん…ん」
首は軽く絞まってるし、咥内はもういっぱいで苦しくて、きもちいいと言うワードには不釣り合いなこの状態でシベリンは確かにあらぬほど昂ってしまっていた。正確にはしばらく会えず中途半端にしか悪戯されていなかったその身体はそもそも顔を会わせる前から自覚なく高まっていたのだが。

「ほら…オレに欲情してる」

言いながらジョシュアが喉奥を己の昂りで緩く突いてくる。息苦しいその律動が都度頭の芯に、背筋にぞくぞくとみだらな愉悦を走らせる。反論したいがなにひとつそれを叶える材料がない。
「うっ……!…んんっ」
タイを引かれ自分勝手な動きで咥内を嬲られ、苦しくて思わず出した片手を取られやわやわと手のひらを数度なぞり握られて、ジョシュアの指先から電流のような快感が伝わり身震いして、ずしりと腰に溜まっていた熱が出口を探して暴れ始める。
――だめだ、だめだだめだ

自分で自分の欲を制御することが出来ずに狼狽えるうちにも、どんどん感覚は高みに押し上げられて。シベリンは上から自分を愉しそうに見下ろしているジョシュアが舌なめずりをするのを見た。
「イキそう?」

――あ、やばい。

瞬間、視界がハレーションを起こしぼわっと滲み膨らんで、はじけて。ちりぢりに散ってしまう。
「んぐ……んんっ…!」
シベリンは自身を触れられても、見られてさえもいなかったのに逐情してしまった。
「ふ…オレの咥えて、そんなになるの?」
本人はガクガク震えながら自分のはしたなさに呆然としているが、予想通りのシベリンの痴態にジョシュアの昂りも頂点を極める。ずっと引いていたタイを離し、繋ぐよう握っていた片手を解くと放った余韻と羞恥に自失しているシベリンの頭を引き寄せて腰を揺らした。
「――!!」

なんの前触れもなく突然咥内に熱を放たれて、独特の芳香と感触にうぐ、とシベリンが呻くがジョシュアは放してやるどころかぐ、と押し付けてくるようで、シベリンはどろりとしたそれを吐き出せず溜めておくことも出来ずに促されるままのみこんでしまうほかなかった。ごくり、と抑えつけたシベリンの喉仏が上下して自分の体液が嚥下されていくさまをまじまじと見てジョシュアは舌を出して自分の唇を薄く舐めた。

――この人が欲しい。

初めて会った日の「欲しい」というノリとは明らかに違って、ああ、オレの胸でたまにちりちりしてるこれは、なんでも望む以上に向こうから手のひらに入ってきていて、これまでに感じる必要がなかったため感じたことがなかったこれは。
知識として知っていたその感情をジョシュアは浅はかで陳腐なものだと思っていた。たった今まで。


「これは…たまらないね…」
すべて飲み込まされ咽返りそうになっているシベリンをやっと解放してやると、俯いてそうひとりごちた。

 

 

 


慣れないものを口に含まされ飲まされて咳き込み疲れ、ぼんやりとベッドの縁に後頭部だけ乗せて絨毯にへたりこんでいるシベリンの顔をジョシュアが覗きこんできた。
「汚しちゃったの、脱ごう」

言うが早いか着ていたものをどんどん脱がされ、勝手に身体を拭かれて、ゆるい寝巻きを着せられ、冷たい水とレモンの入ったグラスを握らされ。
さっきまでのアレが白昼夢だったかのようにジョシュアは健康的に微笑み、やさしく甲斐甲斐しく動き調子が狂わされる。
「精液がついてる」
暖めたタオルで顔を拭いながらジョシュアがはっきりと言って。
整ったパーツしかない顔の整ったくちびるから出るとは思えないような単語をたまに平気で出してくる所もシベリンが困るポイントだ。

「オレが恋しかった?」

やさしい顔でラベンダーの香りのするクッションを背中に差し入れられる。
何を言えばいいのか。何も言えなくてシベリンは黙りっぱなしで。自分があんな発散の仕方をしたのにジョシュアは特に何も言ってこない。
任務で学院を離れている間、全く考えていなかったのか、恋しくなかったのか?と言えばそんなことはなく寧ろ自分でも信じられないほど考えてしまっていた、強引に自分に触れてくる恋人(と言っていいのか)のことを。疲労がかさむほど鋭利になっていく感覚と夢に乱され寝れないまま迎えた他所での朝、ぼんやりと光るカーテンを見ながらジョシュアがいたら眠れたのに…とナチュラルに考えてしまって。好きだとか、嫌いだとか、そういうものよりももっともっと前の…。眠るときは傍にいるということがいつのまにか日常化してしまっていることに気づいて。

深夜でも朝方でも、ドアを一回叩けば自分を迎え入れてくれる年下の、灰髪のデモニック。(ジョシュアの前で一度でも目上らしくあったことなど残念ながらないのだが)
自制して敢えて会わないのと会えないのとでは焦がれ方が大幅に変わってくる。
ぼんやりとジョシュアに依存してしまっていることに気づきたくないのに気づいてしまいそうになっていた危ういところにここ1週間とすこしは長すぎた。

――とにかくかおがみたかった。
かおがみれるだけでいいと思ってたのに。欲情していたなんて、知りたくもなかったことを身体を使って知らされる結果になってしまったし。あらためて考えると…。


――死ぬほど恥ずかしくないか…俺。
半分ほど飲んだレモン水の入ったグラスを握りしめる。

ファーストインパクトが強烈だったのもあってか年下のジョシュアのぶつけてくる欲を全く拒めずいいようにされているのも恥ずかしいが、そんな相手のかおがみたくてたまらず、そんな相手の側でないとよく眠れないなんてー。
眼下でひとりどんどんと表情を変えていくシベリンをジョシュアは不思議そうに黙って眺めている。
――大方自分の崩された矜持について何か考えているんだろうな…ぐちゃぐちゃと考えてまた墓穴を掘ってくれてもいいけど。
弱味につけこんでいくスタイルではあるが、それが好みなだけでシベリンが溌剌としていようが弱っていようが、通常の利発の域を遥かに越したジョシュアにとって攻略難易度は変わらない。

ぐちゃぐちゃと考えてあかくなったり青くなったりしていたシベリンは再び眠気に襲われはじめる。疲れはてたままジョシュアの部屋を訪れて、寝入って起こされるまで僅かしか時間がたっていなかった。
「ねむい…ジョシュア」

溶けそうな金の瞳はさながら崩れたプリンのようで。これくらいの素直さで、ほかのことについても話してくれたらいいのに。ジョシュアは軽く笑んで傾いて零れそうなグラスをシベリンの手から抜き取る。
「寝てて、オレはクリーニングにーー」

行ってくるから、まで言えずにジョシュアはピタリと止まった。止まったというよりそこから先に進めなかった。急に止まったのでグラスから少しばかり水が絨毯に跳ねて散る。
振り返ってみればシベリンが自分の制服の裾を握りしめている。
「どこに…」
「クリーニング屋だよ、シミになる」
やんわりと裾を握りしめる指をほどいて絨毯に投げ出された脚の上に乗せてやると半分ほど眠りに落ちていたのか、目蓋を伏せたままふるふると左右に首をふったが、すぐに小さく寝息が聞こえてきた。

ジョシュアは寝ているシベリンをそのままに寮の部屋の外に出ると夏になる前に足した外からのみ開け閉めすることのできる隠し鍵をかけると廊下へ歩き出した。ふ、と笑って唇を少し噛む。ちりちりと痺れるようなこの胸の内を、ジョシュアは嫌悪感なく寧ろ楽しんでいる。

――このまま連れ去って、オレしか知らない隠れ家でも用意して閉じ込めておきたいくらいだな…そんな必要はどこにもないけれど。

焦らずとも、繋ぎ止めなくても、既にほぼこの手の内にある。
改めてはっきりとシベリンを自分のものにしてしまいたいと感じた途端極端に溢れ出た己の独占欲をあしらう。
力任せに最後まで全て奪ってしまう事が容易だからこそそれを最初に選択肢から外したのだし、じわじわと此方を向かせてあれこれ仕掛けてその都度違う表情を暴く愉しさは前者では味わえなかった。
――もっと違う顔を見るには、身体だけ溶かすだけじゃだめだな。

これまでに見たシベリンの表情のバリエーションはどちらかと言うと負の方面のものが圧倒的に多い。
もっと甘やかな顔や、快感に溺れた顔もみたい。
とりあえずクリーニングの用が済んだらケーキ屋でも覗いてみようか。

 

――堕とすつもりが、巻き添えを喰らうとはね。


初夏の屋外はそれなりにむし暑いのだがそれをまるで感じていないような涼やかな顔をしたジョシュアは、少し困ったように口元だけで笑みながら夕暮れの雑踏に姿を消した。

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□⑤

 


「シベリン」
いつもの時間いつもの面子での夕食、もうそろそろ食べ終わるかというところでとっくに食べ終えてテーブルの端に座っていたジョシュアが立ち上がる。
「ん〜?」
フォークに刺さったデザートの西瓜を口に運びながら相も変わらず二人でいるときと雲泥の差のある態度のシベリンは、何の感情も混ざっていないあっさりとした顔でジョシュアの方を向いてくる。
「この後、おいで」


「ーん、わはった」
シベリンはほんの一瞬止まったものの何でもないような風で咀嚼しながら了承していたが、内心はわざわざ皆揃っている前でなにを言い出すのか。しかもおいでだなんて、あからさまに自分たちのパワーバランスが知れるような…ジョシュアの方が主導権を握っていると皆が分かるような言い方に焦っていた。
今じゃなきゃだめだったのかよとシベリンは思ったが、ジョシュアとしては今言うことで大体は食後すぐ酒場や自室に消えてしまうシベリンを確実に呼び寄せられるわけで。
デフォルトでシベリンを下に見たがるマキシミンはそのやりとり自体を気にしていないようで、煙草の残りを数えるのに忙しい。ランジエはシベリンが努めて何でもないように返事をした事で気心知れた仲故のジョシュアの言い方だったのかな、と腑に落ちた顔をしている。
どんな仲かはさておき、目上はもっと敬った方がいいのではという視線を冷やかに投げて来るボリスの横からなんの他意も猜疑心もなくルシアンから放たれた、
「アハハ、おいでだって、犬みたいだね!」
が酷くシベリンに刺さっていたようだが、ジョシュアは軽く笑んでトレーを手に立ったシベリンの肩を押すと食堂を後にした。

半歩ほど先を歩くシベリンの後ろ姿は凛としていて、歩調に合わせてゆるく揺れる赤毛が華やかですらある。
―が、1階、2階…と上がっていくうちにシベリンの歩く速さが鈍くなってきて。
「矜恃云々よりも睡眠を優先すべきではないかな」
3階へ上がりきり、ジョシュアの部屋のドアの前に立ったシベリンを横から見ると欠伸を噛み殺しすぎてうっすら涙ぐんでいた。
「…るさい…別に平気だよ」
目尻に溜まった涙を拭きもしないのでジョシュアが指で拭ってやるとシベリンははっとして誰もいない廊下に人影がないかを一応確認すると悔しそうに睨んできた。
先日咥えさせてイかせた羞恥の極みが余程ショックだったのか、数日自分から逃げるように過ごしていたシベリンが取れていないであろう睡眠時間に心配をしてこうして連れてきたのだ。
「外だと反抗的なんだね」
「………っわ!」
渋い顔で開いたドアの中に入ろうとしないシベリンの背中を強引に押し入れてから内鍵を閉めた。
よろけた所に更にもうひと押しして壁際に追い詰めると、もう食堂で見せていたクリアな表情は形を潜め、何も言えずジョシュアの表情を覗うように見てきて。距離を詰めるとびくりと肩が竦む。
「嘘をつかない、我慢しないって…」
空調の効いていない中庭や廊下を歩いてきて少し汗ばんだ頬を嗅ぐようなジョシュアの顔の寄せ方に耐えるようにシベリンが目を細める。
「オレ、教えたよね。」
ぎゅっと結んだ唇を開けろと言う様にぺろりと舐めてやると、すぐに薄く隙間ができる。
真近できれいに笑むジョシュアに、シベリンの顔は凍りついている。彼がこうして笑うときは大体ろくなことが無いからだ。
「ん……っ」
しかし嬲られるかと身構えたがそんなことはなく、軽いキスのあと軽く唇をあわせたまま、ジョシュアは「西瓜の香りがする」と笑った。

 

「アップルパイだ」
シャワーで汗を流して出てきたシベリンの目に飛び込んだのはテーブルの上の酒とアップルパイという不思議な組み合わせだった。ジョシュアの部屋には前本人がルシアンに向けて言っていた通り菓子も甘いジュースももちろん酒もなく、出てくるものと言えばカットされた果実の入った水や炭酸水か紅茶やコーヒーだ。
「どうしたんだ、これ」
いつの間に知れたのかわからない好物のアップルパイが出てきたのは2度目だが、酒までついているとは。
「呑んだ方がより眠れるかなと思って」
喜色をあらわにするシベリンにそう答えながらジョシュアはもはや当たり前のように濡れた髪や身体を拭いてやる。どこにタオルを当てても嫌がる素振りはない。細かいところから恋人の日常を自分寄りに塗り替えて行くのはきもちがいい。
「お酒はほどほどにね」
そう言いながら差し出すグラスは大きめのものだったがシベリンは特に気にせずにそれを受け取った。

 

小さなアロマキャンドルの灯りが寝入ってしまったシベリンの横顔を照らしている。ジョシュアの思惑通りグラスいっぱいに酒を注いで呑みはじめた彼はそれを勢い良く飲み干し、疲れ切った身体にあっという間にアルコールが回ったのか、程なくして座っていたベッドに崩れるように眠りに落ちた。
「なんにもなくて油断しちゃった?」
答えを聞けるとは微塵も思っていないがそう問いかけて。眠るシベリンを見下ろすジョシュアの手には何かオイルの瓶のようなものが握られている。
――こんなこと、普通に起きている時にしたら怪我させちゃうかもしれないしね。
ほぼうつ伏せに近い形で横になっているシベリンの背後から、今日はとりあえずこれを羽織っていて、と渡した厚手のバスローブの裾を少し捲ると程よく筋肉の付いた太腿が露わになる。ジョシュアはオイルをたっぷりと自分の手のひらに垂らすと太腿よりもっと上のーー今は見えないが何度も見たことのある形の良い尻の奥へ手を伸ばす。
オイルの滑りを頼りに人差し指の先をぬ、と穴に差し込んでみると、流石酔い潰れて寝ているだけあってなんの抵抗もなくするりと入っていく。
結っていないので顔に掛かって目元を隠してしまっている赤毛をそっと梳いて様子を窺うと、閉じた瞼はたまにぴくぴくして、少し空いた唇から規則的に息が吸っては吐き出され、深く眠っているようだった。
よもや後ろに指を差し込まれているとは思ってもいないだろういとけない寝顔にジョシュアはなんとも言えない高揚感を抱く。
はじめはぬくぬくと暫く浅く出し入れしていたが、まだ余裕で奥へ行けそうなので熱く柔らかいそこへ更に深く指を収めてみる。
「…ふ…」
入れられた指に圧迫されたように口から出た息のようで、起きた様子はない。熱くふにゃふにゃとしているが決してゆとりがあるわけではないそこに隙間を作るように内壁を擦ったり入り口を撫でてみたり、寝ているからか締め付けてくる感じはあまり無いそこは出来心で隙間から滑り込ませた中指もゆっくりと飲み込んでいく。
2本目の指を完全に咥えこまされた時点で、シベリンの身体が熱くなってきていることに気づく。空調が効いているのに露出した部分の肌は少し火照り、首筋にはうっすらと汗が滲んでいる。試しに2本の指を入る限界までじわりと差し込んでやると、苦しげに息を吐きながら「うう」と顔を振った。
「ちょっときもちいいのかな?やらしいね」
――もし起きていたら、顔を真っ赤にして、いやらしいのはどっちだ、こんなの、お前のせいだと半分も言えずに泣き出すだろうな。
想像して雄の本能が疼くがまだ早い。ジョシュアは自分の額から汗が一筋垂れてきているのに気づいて苦笑した。
――笑った顔が見たいのに、泣かすようなことばかりしてしまうな。
表では凛として落ち着いた様子のこの男が、自分の前でだけ初心の少年のようにあっさりと手管に飲まれ目尻に涙を浮かべていたりするその様がひどく劣情を掻き立てるのだ。
「ふっ…あ…」
シベリンは全く起きないが、半時ほどじっくりと後ろを弄んでいくうちに時折身体が細かく震え、頬にはあかみがさし、中は驚くほど熱くなってしまい口からは明らかに快感を拾ったような、これまでに聞いたことのないような声を漏らしている。ジョシュアはうっすらと汗ばんだ顔を腕で拭うとこれは酷い我慢大会だなと溜息を付いた。
ジョシュアの指を3本飲み込んだそこはめいっぱいまで指をすすめるとひくひくと収縮する。
―このまま思いを遂げてしまいたいけど、酔って寝ているところを抱くのはだめだ。
「もう少し寝かせてあげるよ」
名残惜しくシベリンの後ろから指を引き抜くとびくりと体が震える。前を触って確かめると、緩くたちあがっていた。
寝起きに抱けば目も覚めていい反応が拝めるだろう。猛る欲に崩れそうな理性をなんとか立ち直らせて、ジョシュアは頭を冷やしにシャワールームへ向かった。

 


―――あつい。


ふ、と意識が浮上する。
空調は効いている、そういうあつさではない。シベリンは背後で寝ているであろうジョシュアを振り返ってみようとしたが、身体が動かない。
自分が横向きではなくうつ伏せの状態で背後から抱きすくめられているのだと気づいて、シベリンは自分の欲が何故かおかしな程高まっていることにも気づく。それに何故か下着もつけていない、しかもぬるぬるとした下半身の後ろに何か熱いものが押しつけられている。
片方の腰骨をぐぐ、と掴んで腰全体をベッドから浮かされ、何かうっすらわかっているその熱いものがどんどん押し付けられて。
「ジョ…」
一言も言い終えないうちに空いた片手で口元を押さえられたかと思うと、後ろにゆっくりとそれが入ってきた。
「んんん…!!」
押さえられていなければ、どれ程の声量で叫んでいたかわからない。

――まさか、なんで、なんで挿入って…?!

酷い圧迫感に勝手に背がしなり、やめてほしくて身じろぎするがジョシュアの欲は止まらずにどんどん入ってくる。慣らされた覚えのないシベリンは殆ど痛みを伴わずに侵入を果たされたことに混乱し、初めての感触に震える身体を止められず、口元は塞がれているので必死に鼻で呼吸をして煩いくらい鼓動する胸の音を静めようとする。

ゆっくりとシベリンの中に侵入してきたそれは体内を傷つけはしないがその熱い存在感が凶器のようで、苦しくて。口に咥えさせられたあの質量がまさかあんな、考えたくも無い場所に。
「ん、んっ」

すべて入ったか確かめるように、1度だけ緩く突かれただけで刺激に耐えられない身体が勝手にびくびくと戦慄く。
「ふぅ、…入ったね」
「ん…っう、う」
髪ごと襟足を舐めあげられぞくぞくとしてしまう。ジョシュアはひと突きしてからは動かずにじっとシベリンの反応を見ている。

「あ、苦しい?ごめん」
肩で息をしているシベリンに気づいてすぐに口元が開放される。解放してほしいのはそっちじゃないと言いたいが肺は酸素を欲しがっていて、呼吸に勤しむ。
「そ…っちじゃな…っは…は、抜けよ…っ!」
やっとのことで言葉を紡いだがジョシュアは聞いているのかいないのか、やはり背後からシベリンを抱きしめているだけでじっと動かない。
「こんなになってるのに?」
気にもとめていなかった緩く反応した前をいきなり軽く扱かれて視界がちかちかする。
「あっ…!?あ、うぁ」
「後ろにオレのペニスが入ってるのにね」
「っあ、や…」
はっきりと何が入っているのか教えられ、更に鼓動が跳ね上がる。ゆるゆると前を弄られると下半身に力が入り、ただでさえ酷い存在感のそれのカタチをまざまざと感じさせられて。
「ぬっ、け…よ、こんな…おおきく…て、むり…」
シベリンからすれば頼み込んだつもりだが、抜いてくれるどころか言った途端圧迫感が増してきて。

「う…っ?あ、え、むり、おおきくしな……」
震えながら頭を振り、声に泣きの入ってきたシベリンの言葉に、思わずジョシュアは含み笑う。これは酷い煽り文句だ、と。
それでも動かずシベリンの昂りだけをゆるゆると弄っていく。
「っひ…っん、…ふ」
ジョシュアは全く動いてないが、前を触られて抗えないきもちよさに腰が引けて身じろぎする自分のせいで、ひどくゆっくりと揺さぶられているように感じてしまって歯痒い。
「ドロドロ…きもちいいね」
――なんで…なんでこんなに…。
寝ている間に散々弄られたのを知らないシベリンは、どうしてこんなにすぐにきもちがよくなってしまってるのかわからないし、経験があるはずのない後ろになんでジョシュアのモノがすべて入ってしまっているのかもわからない。
「あ……ああ、やめ、」
放ってしまいそうになるのを堪えようと腹に力を入れてしまうとジョシュアの昂りをまるで締め付けるように動いてしまいどうにもできない。
「我慢しない」
震える肩をするりと撫でると、片方の二の腕を掴むと少し体勢に無理があるが気にせず軽く引き肘に舌を這わせる。
「っは、んん、あ…」
片腕では自分の身体を支えきれず、シーツに着いた顎からは喘いで開けっ放しの口から唾液が伝い、掴まれていない手で力なくシーツを握りしめ震えるシベリンを背後からジョシュアは愉しそうに見ながら弄ぶ手の動きを乱暴にしていく。
「ほら、きもちいい」
「あっ…」
耳元で囁いてやると、シベリンの喉からひゅ、と音が漏れるように呼吸が不自然になり、軽く痙攣したように身体を竦ませたかと思うと自身から勢い良く白濁を散らした。つられて引き攣るように動く後ろに、収まっている自分の昂ぶりをきゅうと締め付けられてジョシュアは大きく息を吐いた。
「……っ、は、は…」
「うまく息できないの?」
「…っ、…っへい、き…っぁ」
「そっか、じゃあ」

――動くね。

ジョシュアは耳元で囁きながら少し起き上がり、伏せっているシベリンの左の二の腕を改めてしっかり掴み引き上げると、ゆるくグラインドしはじめた。
「ーえ!?っあ、うぁ」
放ったばかりというか、まだびくびくと震えている自身からは白い体液が滲み出ているのに動き始められ、シベリンは感じたことの無い焼き付くような快感に炙られて、もうどこがきもちいいのかもはっきりしないような渦に巻き込まれる。
「むり…っ、やめ…っあ!、ああ」
「平気だって言ったでしょ?」
「うぁ…あ、あ、っ」
ぬるぬると大きく円を描くように動かれて、引き攣れるような甘い痛みがぴりぴりと腹の底から駆け巡る。全身に力が入らずべったりとベッドに臥せってしまいたいが、ジョシュアが片腕を引いているのでそうもできず、四つん這いが崩れた体制を保ってはいる。
「すごくきもちいい…これじゃ、抜き差ししたらもっときもちいいよね」
六腑を引っ掻き回されるような暴力的な快感に正気を保つのが精一杯のところへの、ジョシュアのその言葉にシベリンはぞっとして、その先を知りたくなくて、身体は戦慄き呼吸の仕方を急に忘れてしまったように息が詰まる。
「む…むり…っ」
脱力した身体を叱咤して精一杯ジョシュアの方を向いてゆるゆると首を振る。
掴んでいた二の腕からジョシュアの手が解けて、するすると移動したかと思うと手首を掴まれて、シーツを掴んでいた方の手首も取られ、後ろを向いていられなくなって顔をシーツに着ける。
「顔上げてないと、シーツで擦れるよ?」
「っあ、あああ…あ!」
ずる…と後ろに入り込んでからこれまで、それ以上入り込みも出もしなかったそれが引き抜かれる感覚に全身が集中して肌が粟立つ。
そこそこ引き抜いてゆっくりと差し入れるとシベリンの身体全体がビクビクと撓って。
「う…っ、あ…あ…」
ジョシュアは自分はあまり動かず両手首を引っ張ってシベリンの身体の方を揺するようにしながら様子を見ている。もう着崩れて大部分が肌蹴てしまっているバスローブから覗く太腿は既に自重に耐えきれずへたり込んで、毎秒ごとに形を変えて送り込まれる未知の刺激にじわりと溢れた涙の伝う頬はジョシュアの揺さぶりに合わせてシーツの上をズルズルと往復して。だらりと力無く掴まれた両腕は手首から先が血が通わず色が悪くなって。開きっぱなしの口からは激しい呼吸と浅い喘ぎがせめぎ合って嗚咽として出て来る。
「あーあ…ぐちゃぐちゃ。」
気持ちよさに身震いしながらシベリンの痴態をじっと見ていたジョシュアは軽くため息をつく。
――こんなに乱せるのならば、もっと早く抱いても良かったかな。
いやでも、今日だからこそのこの仕上がりなのかもしれない。ジョシュアは直ぐに考えを改めた。
「んんっ、っは…あ…」
ゆるくひと突きするたびにびくりと身体を震わせ、喘ぐ声は少し掠れてきている。
「馴染んで来たかな…」
「ああっ…!!」
ぐんと腕を引くと今度は少し早目にシベリンを揺さぶり始める。顔と、肩と、シベリンの再び昂った自身がシーツに擦れた衣擦れの音に混ざってぬちぬちと2人が繋がった部分からも音が漏れる。
シーツには1度目に放った液体がぬるぬるとくっついていて、摩擦どころかねっとりと糸を引きシベリンの欲を滑らせ追い上げてくる。
シーツとの接触を避けたくて身を捩るが上手くいかない上に、ジョシュアとの繋がりをより深く思い知らされるようで堪らなくなって。
――なんで、なんでなんで…こんなに…!!
「あれ、またイきそう?」
震える身体とうねる中の感触にジョシュアが動きは休めずシーツのラインを覗き込む。
「あ、擦れてきもちいいんだね」
わかっているけど認めたくないことをすんなりと口に出され耳元がカッと熱くなる。
「恥ずかしい?」
優しい声音にそぐわない力で揺さぶられ、シベリンは頭を振って正気を保とうとするがあとはなす術もなく喘ぐしかない。呼吸もうまくいかないし、羞恥であかく染まった頬はすぐに快感による熱さで更にあかく塗り替えられる。
「ふ、中がうねうねしてる。こっちもいいの?」
「――っふ、あ、や……!」
そんなことない、もうやめてくれ、思い浮かぶのは一瞬で、口から出るのは耳を塞ぎたいような喘ぎだけで。何か考えて気を散らしたいのにそれを知ってか阻む様にジョシュアがどんどん揺する動きを速めながら厭らしく話しかけてきて頭の中も身体もどんどん昂ってしまう。
「我慢してないでイきなよ」
「っう……」
「見ててあげるから」
「っひ、あ、……あぁ」
ふとジョシュアがぐいと腕を引いてぴたりと動きを止めると、力が入ったのかきゅうとまた中が狭まる感覚がして、ぱたぱた、と液体がシーツに散る音がした。
シベリンは掴まれた両腕をもがかせながらランダムに引き攣る身体を自制できずひくつき、涙と同時に溢れた鼻をずるずると啜った。
「っは、は、は…」
なんとか息を整えようと自由にならない体勢のまま蹲るシベリンの腕を離してやると、繋がりはそのままに顔を見る為に覆い被さる。
まっすぐシーツに顔をつけている所を無理やり浮かせて見る。右の額と右頬にあかく擦れた痕がついて、どこにフォーカスしているのかわからない金の瞳を縁取る枠からはぽろぽろと涙が溢れ、リズムの乱れた荒い息の出てくる唇は涎でぬらぬらと光って見える。
「頬が赤くなってる…顔がつかないように起きようか」
「あ…え、まっ…」
脇から腰に指を滑らせるとびくびくと勝手に背が撓って、シベリンはいやいやと首を振る。ジョシュアは覆いかぶさって抱き込んでいたシベリンをそのまま自分と一緒に起き上がらせると上に乗せたままベッドに座り込もうとしている。
まだ一度も放っていない強度を保ったジョシュアの自身を中に収めたまま座らされそうになり、思わずへたった脚に力を入れそれを回避しようとシーツを掴むと…背後からくすり、と笑われた。
「何が怖いの?貴方がオレを好きだってことは、もうわかってるから隠さなくてもいいんだよ」
「…そ…んなこと…」
「それとも、大嫌いな相手にこんなことされて、何回もイっちゃうような人なの?」
言いながらジョシュアが腰を掴んできて、膝の上へ強引に座らせてくる。
「うぁ…!…っは」
さっきの体勢よりも何倍も深く入ってしまっている感じがして思わず瞑目する。
「それとも、オレからの睦言を待ってるの?」
「あぁ、あ、ああ」
ジョシュアは自分が質問しているのに、まるで答えられなくしたいかのように、シベリンの声が上がるような動きを仕掛けてくる。
答えられない、何か思いついてもそれは一瞬で快楽の波に飲まれて泡になって。シベリンの中に収まっているそれはただでさえ息が詰まるほど苦しい存在感を放っているのに、腰を取られ思うまま揺さぶられて突き上げられて、心の臓が飛び出すのではないかと思うほど鼓動して。
「うぁっ!?」
細かく角度を変えながら突き上げていくうちに、酷くシベリンの反応する一点を掠めたようで、ここか、とジョシュアは舌なめずりをする。
「オレが言ったら、貴方も言わなくてはならないよ」
場所を把握したがそこはあえて突かずに周辺を攻め立てていく。
「ふ…あ。あっ…」
「貴方も言ったら、もう全てオレのものだってことだ」

「も……って…い」
シベリンは喘ぎながら何か口にしたが、息が切れていてよく聞き取れない。
「うん?」
聞き返しながらも攻める動きを一向に止めないジョシュアにシベリンは必死に言葉を紡ぐ。
「あ…もう…っなにも残ってな…い!」
「それって…」
「ぁあ…!も、おっきくしな…」
猛るジョシュアの欲に逃げ腰になるシベリンを押さえ込むと顎を掴んで顔だけ自分の方に向けて。
「ちゃんと言って?」
全部わかっている癖に言わせようとしているのを知ってか知らずかシベリンは困ったように眉を下げる。
「…ぁ…もう…とっくに…ぜんぶ、おまえの…なの…に…おまえの…せいで…」
――これ以上なにがおまえのものになるんだよ…何も残ってない…俺が怖いのは――。
片膝を背後から抱え込まれ休みなく突き上げられて、堪えられずに途中から嗚咽になって、苦しくなって、シベリンはしゃくり上げてしまい全部言えずに飲み込んで、新たに湧いてきて零れ落ちる涙をジョシュアがぺろりと舐めてやる。

「オレは離さないよ」
最早限界まで昂ったジョシュアの欲が狙わずとも突くたびシベリンの弱点に触れて、ひっきりなしに喉奥から押されるように出てくる掠れた喘ぎと繋がりから厭らしく漏れる水音が聴覚を撫ぜる。
「どんな貴方を見ても、貴方が壊れても絶対離さないよ…」
「ぅあ…」
耳元で優しく囁かれ、そんな言葉と裏腹に身体を荒々しく貫かれて、シベリンは総毛立つような愉悦にのまれて頭のなかがちかちかと瞬いて真っ白になった。
「く……ッ」
もう少し、もう少し熱く波打って自身をしめつけるシベリンの中に留まっていたくて、堪えるように息を詰めていると、細かく震えながら自分を抱きすくめるジョシュアの腕にシベリンが触れてきた。これまで大体ジョシュアに掴まれて押さえられているか、シーツかシャツを握りしめているだけで自分から触ってくる事などなかったのに。


「ぁ…きもち…い、ジョシュア…」
低く掠れた、熱に浮かされたような声と共に、縋るように腕を掴まれて。
「は…それ、今言う…?」
ジョシュアは放つつもりのなかったシベリンの奥へ昂ぶった熱をすべてぶちまけてしまった。

 

「ね、いいかげん出ておいで」

あまりの快感にうっかりジョシュアに心の内を吐露してしまった事がだめだったのか、事後半ば強引に言いくるめて一緒にシャワールームに入って中に放ってしまったものをジョシュアがきれいにしたのがいけなかったのか、そもそも寝ている所に勝手に手を出して起きると同時にいたしてしまったのが良くなかったのか――。
――はは…思い当たる節しかないな。
張り替えたベッドのシーツの上で予備のシーツを被って丸くなって出てこないシベリンにジョシュアが軽く肩を竦める。
「シベリン」
頭頂部と思わしき部分をぽんと軽く叩くとびくりと跳ねる。
有無を言わさずにシーツを剥ぎ取ると、シベリンは諦めたように顔を上げジョシュアの方を見た。
「なんだ…よ」
散々喘がされて声が枯れていることに気づいて一瞬固まったシベリンの視線が彷徨う。
「まだ朝まで時間がある、こっちにおいで」
クッションカバーもすべて交換したのか柄が変わったそれをポンポンと叩いて先に寝転んだジョシュアに呼ばれて。
「…そんな風に呼んで来ると思ってるのかよ…」
ジョシュアは思いの外喋ってきたシベリンに驚いたのか目を丸くしたがすぐに目尻で笑んで。
「来るよ、こっちに来たい顔してるもん、おいで。」
「…俺は犬じゃない…」
「おいで。」
「っ……」
ジョシュアは不服そうな顔のままどすりと横に座って来たシベリンの後頭部を抱き寄せるとそのまま唇を奪う。
「んうっ…!?」
驚いたがつい習慣で唇を開いてしまえば暫く口内をねっとりと貪られて開放される。
「っは、え、なに…」
「すぐに来なかった時間の分キスしただけだよ」
「え…」
「もっとしたい?」
(これでまた延ばすとキスが延びるのか?でも、すぐにしたいなんて答えたら俺がしたかったみたいじゃないか…)

「……したく…なく…ない」
耳と頬をあかくして憮然とした面持ちで否定のような肯定を口にする恋人に、ジョシュアはどう答えても結局キスすることにかわりは無いんだけどな、と。苦笑しながら口付けた。


軽くじゃれあったあと、うとうとと目を閉じてしまったシベリンの背中を寝巻きの上から撫でる。そのまま肩、肘、手首と手をすべらせて行くとシベリンの手が自分のパジャマの裾を掴んでいることに気づく。
――控えめで分かりにくいことこの上ないな。
「どこにも行かないし、行かせない」
勿論お互い学業として仕事として離れなければならないことはあって、行かなければならないし送り出さなければならないわけで、それでもそのような気構えであることを、聞いていなくてもいい。言っておきたくて。
初めて貴方を本当に見た日のオレのまま変わっていなかったら、今どう扱っていたか見当もつかないけど。途中から本当に欲しくなって、本当に全部見たくて。


「手に入ったと思う?」
ジョシュアは自分で自分に聞いて。自嘲気味に笑った。

 

 

 

食堂のテラス席の周辺には、巨木が根を据えていて青々とした葉が茂り初夏の昼の日射しもテーブルに届く頃にはちょうど良く和らいで、強めの風も相まって気持ちがいい。
縦長のテーブルには食後の寛ぎムードになっているランジエとボリス、ジョシュアとシベリンがそれぞれ隣に座り向き合ってゆっくりとしていた。
他愛もない教授の悪口、寮の噂、それぞれの任務の話。仲の良好な彼らの話は尽きない。
「そう言えば、朝から帰って来たんですよね?眠くないんですか?」
「ん~、なんてことないよ。ありがとな」
ランジエに話を振られたシベリンは確かに朝方所用から戻ってたいして休みもせずそのまま講義に出てきたようだが、本人はいつもの調子で気さくに笑って。
それを横から面白そうな表情で見ているジョシュアとそれに気づいていないシベリンを交互に見てランジエが首を傾げる。
「最近二人でよく居るけど、随分仲良くなったんですね」
「はは、そんなにか?大して変わってないと思うけど」
すかさず否定を差し入れるシベリンを横目にジョシュアは悠然と微笑んで。
「変わってないだなんて傷つくな」
言いながら離れ気味に座っていた隙間を詰めて肩が触れるほど近くに座り直してきて。シベリンは思わぬジョシュアの行動にぎょっとするが、ここで大騒ぎして離れようものなら逆に不自然なのでぐっと堪えて曖昧に笑って。
「暑いんだからそんなに寄るなよな~」
離れたくても長椅子の端だったのでそれ以上動けずに、仕方なく諦めて身体が触れたまま座っている事にした。触れた面を通して今やすっかり身に馴染まされてしまったジョシュアの体温が伝わってくる。
幸いその話題はそこで途切れて緩やかな食後の時間が流れて。
――んん、暑くはないけど、飯食った後にこう暖かくなると…

「で、その時ルシアンが考えもせず放った電撃のせいで池の魚がこうー」
紙ナプキンに図解しながらランジエがルシアンの失敗談を話していると。
「あ」
「飛び上がって…え?」
それまで黙ってランジエの横で話を聞いていたボリスが急に声を上げたことに驚いて彼を見て、彼の視線の先を追うと。

かくん、とジョシュアの肩にシベリンの頭が寄りかかっているところで。
風に揺れてあかい前髪が顔を晒すと、うとうとと寝入ってしまっていて。
「…シベリンさんがうたた寝してるの初めて見たな」
ボリスが興味深そうに眺めながらそう言うとランジエも確かにそうですね、と相槌を打って。
(外でしかも人前でこうも緩んでしまうなんて、オレが隣だからだよね。冥利に尽きるけど…)
ジョシュアはずるずると凭れてきているシベリンの頭を器用にずらして自分の膝に乗せてしまう。テーブルの下に恋人のあどけない寝顔を隠すことに成功したジョシュアは何食わぬ顔で食べかけのジェラートを口にした。
「…隠さなくても別に何もしないよ」
揶揄しても怒っても笑ってもいないフラットな言い方でボリスがぽつりと言って。
「減ってしまっては困るからね」
頬杖をついて微笑むジョシュアと表情の動かないボリスを交互に見ながらランジエが「えぇ?」と驚いたように声を上げる。
「…え?」
「ランジエ、行こう。ランチタイムは終了だ」
「??」
疑問符を撒き散らすランジエを横目にボリスはすっと立ち上がると自分のトレーと一緒にジョシュアやシベリンのトレーを重ねて片付ける。
「悪いね」
「別に、いい」
ちらりとジョシュアの膝上のシベリンを見ると淡い藤色のカーディガンを体に掛けられて、リラックスした寝顔で。
「それも、ラベンダーの香り?」
「…ボリスは鼻が利くんだね、それがどうかした?」
去り際ボリスにしては珍しくふわりと笑って。

花言葉が、あなた達みたいだー」
「え…、え?若様…」
何も把握できていないうちにボリスに置いていかれ、ランジエはジョシュアの視線を感じると慌ててトレーを掴んではや足でボリスを追いかけて立ち去った。

――自分のことには疎そうだけど、予想以上に聡いんだな。
吹き抜ける初夏の風がシベリンの髪をふわりとかきまぜて放る。

「清潔…沈黙……繊細…優美…不信…疑い…期待…」
眠る恋人の髪を撫でながらジョシュアがぽつりぽつりと囁く。

「あなたを待っています…」


「私に、こたえてください…か」

ひと通り知識として知っているラベンダーの花言葉を並べて、ジョシュアは肩をすくめてくすりと笑った。
「そうかな?」

 

 

 


「なんで起こしてくれなかったんだよ」


起きたらもう日が暮れていて、テラスに居たはずがジョシュアの部屋で、着ていた制服は部屋着になっていて。一緒に居たボリスやランジエはどうしたのか。シベリンは寝転がったまま、とりあえず一番の不満を頭上で足を組んでソファーに腰掛けているジョシュアにぶつけてみる。
「…頼まれなかったからかな」
予想通りの返答にシベリンは口をへの字に曲げてむにゃむにゃと動かしたがそれ以上追求はしない。
「いてて…」
毛足の長い絨毯に寝かされていたらしく身体を少し起こすとみしみしと四肢が軋んで眠っていた時間の長さを思い知った。
「おいで」
真上のソファーから艶然と囁かれ、黙って起き上がってジョシュアを見上げると優しく押し当てるだけのキスが降ってくる。
「…ん…」
自分を見上げてくる金色の双眼はべっこう飴のように煌めいていて、誘われるように唇を落とすとくすぐったそうに目を閉じる。
キスだけで離して立ち上がろうとすると不思議そうに見つめてくるシベリンの視線を感じて。
「何か問題が?」
「なにもしないのか?」
「なにかされたい?」
「…っ、そんなんじゃない…いつもなにかしてくるから…」
「…そんなにいつも何かしてたかな」
間を置かず頷いてきたシベリンを見て、ジョシュアはソファーにもう一度座りなおす。
「オレはシベリンと、お菓子を食べたり…喋ったり…そういうこともしたいと思ってるよ」
これまで自分がシベリンにしてきたことをなんとなく思い出してみると、確かに体目当てのように勘違いされても仕方がないのかもな、とジョシュアは自嘲した。
「眠らせてあげる代償に悪戯していたわけじゃないんだけどな」
「…じゃあ、最初からお茶に誘ってくれれば俺だって…」
「オレは偽りで塗り固められた仮面とお茶は飲まない」
いつも作り上げた理想の「シベリン」でいることが全くばれてはいないとは言え、少なからずそれが仲間をある意味欺いているという自覚があるのか、ジョシュアの言葉にシベリンはひどく傷ついた顔をした。
「オレの前では飾れずにぐちゃぐちゃなのがいいんだよ」
「…悪趣味だ」
「そうだね。悪趣味なオレとお茶でもいかが?」
巫山戯て悪そうな顔をして、顎を指で掬ってそう言うと。


「…ふ、どんなだよ」
思わず破顔したシベリンの久々に見る白い歯の覗く笑い方にジョシュアの心音が跳ね上がって。
ソファーからずれるように降りるとシベリンの脇に腕を入れて抱え上げるように抱きすくめ、首元に唇を当てるとぴくりと体が跳ねる。
「あ…っえ、お茶するんじゃないのかよ」

片手で背筋を上から腰までなぞっていくと うあ、とシベリンの声が上がって。
「お茶の方がいい?」
きつい抱擁から開放して両手で頬を包んで、じっとちかくで目を合わせてやるとシベリンの金の瞳が揺らいで瞬いた。
「聞くなよ…やっぱり悪趣味だ…」
そう言いながらもジョシュアから唇をすりあわせると、待ちきれないように唇を開けて。
「何とでも言えばいいよ」
くすりと笑ってさらりと前に流れてくるあかい髪をよけると深く深く口付けた。

 

 


手に入った。酷く脆くて素直じゃなくて、触るとすぐに溶けて甘く光る、オレの紅いお星さま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017/3/07  44228文字

書きながら聴いていたBGM 

前半SHINee 「LUCIFER」「Sherlock」「JULIETTE[Japanese ver.]」「Your Number」

中盤~環境音雨の音 幼児番組 月光

後半防弾少年団 「I NEED U 」「Save me」「Danger」