さびのらいhuのーと

未定暫定腐ってる感じの何かご用心

ここへ漂着された方へ。
こちらはSavi(さび)によるMMORPGTW(テイルズウィーバー)腐二次創作を中心としたブログです。
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さしずめ紅い、お星さま 

ジョシュシベ。腐。

 

 

 

 

 

 

 

 

さしずめ紅い、お星さま

 

 

 


寮の談話室の窓を開けておくと、外からふわりと柔らかい風が入ってきて心地いい。
アンティークの掛け時計の針は午後のティータイムの少し前。
生徒達は終わりに差し掛かった講義にあくびのひとつでもこぼしている頃だろう。


炭酸水の飛沫のようにぽつ、ぽつ。と誰かと誰かが会話する声の断片が色々な方向から微かに聴こえては消えていく。
シベリンは談話室の長椅子に浅く腰掛け、赤いベロアに身を委ねて脱力した指先の小さく、滲むよう血の出た…今朝ドアで軽くひっかけてできた傷を薄目で眺めていた。


ぽつ、ぽつ。


視点を一点に絞って思考を澄ましていけばそれは瞑想に近く、微かな音やふわりと吹く風の感触はあっという間に息を潜め、心の中の真っ暗な空洞でシベリンは足下から立ち昇る淡く光る無数の気泡の行く先を眺めている。

(俺はどうしてこんなところにいるのだろう)

独りの時のシベリンは彼を知っている者が見れば驚くほど静かで脆く、ひどく傷ついている。
その様子が周知となれば如何に周囲の興を削ぎ、心配させるかシベリンは予測できていたし、自分の陰の部分を垣間見られるのは嫌だから、シベリンはいつも陽気に笑みを浮かべ、みずからの理想とするラインの社交性や協調性を崩さぬよう遵守していた。


(存在していない者だという事が、そんなに不安か?)

無数の泡の行き着く先にはそれぞれに翻る黒衣の裾や、養父の顔、途切れ途切れの記憶のかけらが浮かんで消える。

(掴んだと思っても、蜘蛛の糸のように千切れてしまう)

(俺が誰かはっきりしない。いや、はっきりした部分もあるが、胸を張って明るみに出られない、まるで影のようだ…)

(寮暮らしで学院か…誰かと常に添っていられるのか?)

学院へは来たくて来たのだ、しかし心の片隅では躊躇も燻っていた。

 

「そんなところでなにしてるの」

(ーーーーー?)

自分のものではないその問い掛けに、暗闇は一瞬で破られ、イメージの中の泡は弾け飛び、視界いっぱいに絨毯の金刺繍が飛び込んできた。
長椅子に座っていた筈だった…が、絨毯に跪いていた。

「……」
「シベリン、大丈夫?」

思考の闇に浸っていた意識は急には浮上できず、顔を上げぬまま金刺繍の紋様をのろのろと指で縁取るシベリンに焦れたのか、ぐい、と腕を強めに掴まれたかと思えば長椅子に座らされ、声の主の目線に合わせるよう顎を掬われる。

「ジョシュア…」

手を振り払おうとはせず、声音も相貌も作れず、虚ろに、ただ視界に入った人間が誰かを識別するように呟くシベリンをそばで黙って見ているのはジョシュアだった。
視線があった瞬間僅かに驚いたのか、ジョシュアの唇が薄く開いたがすぐにきれいな弧を描いた。

「へぇ…」

デモニックの漆器のような黒い瞳が艶めく。
目があった一瞬でジョシュアの脳裏に散らばっていたさまざまなシベリンのピースがぴったりとあわさった。


ーーーなるほど、できすぎているくらいだったのはできていたから。
偽ったり、演じたり、そういうものとは無縁に感じていたが、むしろ無縁に感じさせられていたほどに完璧に近かったのかもしれない。

 

「あの太陽のような男は虚構か」

そうジョシュアが独りごちる。


はっ

 

と息をのむ音がした。

「おかえり?」

さっきまで曇っていた金の双眼が冴え、凍りついたようにジョシュアを視ている。
完全に誰も寮に居ない時間だったはず。
「ミス」った----大方そんな事を考えているんだろう。

「俺倒れてた?はは…格好わるいところ見られたなぁ」

すぐにテンションを変えて、曖昧に微笑む。
肩に置いてあるジョシュアの手をどけようと、そっと動き出したシベリンの腕はすぐに阻まれる。
意図が読めずジョシュアの顔を窺うと、彼の方が先にシベリンの顔を視ていたのか、バチリと音がしたかと錯覚するほど強く視線がぶつかった。

「ジ…『今日は調子が悪いようだね』

シベリンの言おうとしたことを遮ってきたジョシュアの声は、低く響いて、何らかの圧を感じさせる。

『眩暈がするんじゃない?』

ーーーめまい?そんなものは…

言われて己に意識を向けると、ぐらりと視界が歪んでくる。

「あ……れ」

「シベリン、大丈夫?」

ジョシュアの心配そうな、眉根を寄せた表情がどんどん、歪んで回って…

『すごく眠い』

 


『もう、起きていられない』

 


それがジョシュアの声だったのか、自分の思考だったのか、シベリンにはわからなかった。

ジョシュアはシベリンの「ミス」について言及するつもりはなかったし、それについて彼が取り繕う様を見たいわけでもなかった。
1を見ただけで1000を知れるようなデモニックには、一瞬のあの顔だけで十二分に情報となったが、それを知らずにシベリンは色々と話しはじめるだろう。

ジョシュアはくたりと自分の腕に身体を預けて眠りに落ちたシベリンを少しの間眺めてからゆっくり抱えあげる。

「ま、眠ってて」

 

「あ・・・」

抱えてしまってから、眠る彼の部屋を知らないことに気付く。
思っていたよりもずっと軽かったが、重くないわけではない。

一度下ろして部屋を探すのも、
抱えたままうろついてその辺のだれかに部屋を聞くのも、
何故シベリンを抱えることになったのか聞かれるのも、

「めんどうくさいな」

寮の部屋割りの希望を取られた時、誰も望まぬ、階段を多めに登らねばならない離れを所望したのが今効を奏したようだ。
ティータイムになって誰かと鉢合う前にと、ジョシュアは足早に談話室を後にした。

 

 


「欲しいなぁ」

街で見かけた質の良いマフラーでも欲しがるかのように軽く、ジョシュアは言った。


離れにあるジョシュアの部屋のフローリングには、特注の毛足の長い絨毯がひいてある。
だから、というわけでもないが肌寒い時期でもなし、ジョシュアは運んできたシベリンを絨毯にそのまま転がし、自分は一人掛けのソファーに腰を据え、眠る猫でも観察するかのようにじっと眺めていた。

談話室で無理矢理上げさせて見てしまったシベリンの素顔は、思いのほかジョシュアの心を刺激した。

言い方は悪いが今日までそれほどシベリンに興味がなかった。
悪くない言い方をすれば、それなりにジョークも言い合うし挨拶もする、任務で鉢合えば協力もする、当たり障りのない知人というポジション。
プロフィール程度に人となりも知っていたが、それだけだった。

シベリンと言えば快活で強く、大人のイメージがあったのだが、先程の一件で一変し、俄然興味をそそられた。
身の丈を遥かに越える得物を振り回している体躯も、実際に触れてみるとイメージより細く、強く握れば好きにしてしまえそうに思える。


ーーーイメージ、イメージね。
貴方は自分のイマジネーションを完璧に演じていたわけだ。


もっとほかに、どんな顔をするのか見たいな。


ふとジョシュアはソファーから立つと、絨毯に上向きに転がされたシベリンの上に静かに覆い被さる。
イメージしていたよりもずっと線が細い。
絨毯にさらりと散らばった赤毛も柔らかくしなやかだ。

悪くない、ジョシュアの瞳が愉しそうに艶めく。

まるで今日はじめてみたもののように。
シベリンの輪郭を確かめるように、すらりとした頬のラインに沿って指先を滑らせる。

「シベリン」

2度ほど囁くと、シベリンの双眼が重そうに瞬きした。

「ぅわっ!!いて!」

目を開けた瞬間至近距離にジョシュアを見て、シベリンは驚いて反射的に身を起こそうとしたが、押さえ付けられていたので頭だけが反動で戻り、絨毯越しに床に打ち付けられた。

「ジョっ…ジョシュア…え、あれ、ここは…」

「談話室に貴方が落ちてたから、拾ってきた」

そこでやっと談話室での事を思い出したのか、シベリンの表情が曖昧に曇る。怒ったり突っ込んだりしてこないということは、自分がどうして寝ていたのか疑問に感じていないようで、眠る間際の事は覚えていなさそうだ。

「え…っと…」

「誤魔化しや言い訳はいいから、拾得のお礼が欲しいな」

おれい?と、シベリンが復唱し終えないうちにジョシュアは彼の首筋にくちびるを寄せる。

「え!?ま、痛っ…」

ネクタイは緩めず制服の襟元をこじ開け、襟スレスレの位置に小さな噛み傷をつけて。
血を一滴舐めとると、シベリンには聞こえないくらいの声音で何か囁いた。

「っ、な、なにーー」

例えばこれが、マキシミンなら、ルシアンなら、腕を押し退け噛み付いてくる頭ごと蹴り飛ばすことだって可能だろうに。
うまく力が籠らない。ジョシュアを押し返す事が出来ずにシベリンは混乱する。

「いいね、それ」

狼狽したシベリンの顔を見てジョシュアはにこりと微笑んで。
シベリンの上体を起こして乱れた襟元をキレイにしてやる。
やったことの過激さと裏腹にあっさりと離れ、ソファーに座ったジョシュアを見て、シベリンはよろりと立ち上がった。

「何するんだ、痛いじゃないか…」

「痛くしたんだよ、傷を見るたび、オレを思い出すでしょ」

愉しそうに舌を出すデモニックに、シベリンは遊ばれているのだと勘違いしたのか一瞬ムッとした表情を見せる。

「思い出さねーよ、それよりさっきの…」

「なに?まだお礼貰っていいの?」

すっ、とソファーから立ち上がると、びくりとシベリンが反応して一歩後ろに下がった。

「い、いや…もういい」

わけがわからないが、談話室での「ミス」は無かったことにしてくれるということか?黙りこんだシベリンにジョシュアは品の良い笑顔を向ける。

「戻らなくて良いの?皆姿が見えなくて心配してるんじゃない」

「え?あ、ああ、うん」

また一歩距離を詰めると、シベリンも一歩後ろに距離を取る。
壁際まで続けてもう後がなくなると、シベリンはジョシュアと視線を合わせていられないのか、ゆっくり俯いた。

「何もしないよ、オレが怖いの?」

俯いてもシベリンの方が少し背が高いわけで、ジョシュアにはその顔の全容が見えている。
ジョシュアに「ミス」を見られたからか、腕を押し退けきれなかったからか、首元を噛まれたからか、いつもの自信ありげで落ち着いた様子のシベリンからは考えられないように弱々しく見える。

『弱ってるね』

「ーーっ」

問いを無視して目を閉じたのを良いことに、ジョシュアは急にシベリンのネクタイを掴み自身の方に引き寄せ、唇を奪った。
驚いて薄く開いた隙間に舌を軽く入れて輪郭を縁取るように舐める。

「……な…んで…んぅ」

抗議の言葉も呑み込まされ、好き勝手に口内で遊ばれる。
ネクタイをがっちり掴まれて身を引くこともできないし、空いている両手でジョシュアを押し返そうとしてみたが、やはり力が籠らないのか添える程度になってしまう。

「っも、やめ……」

ほどなくして、嫌がるシベリンに何故か満足したような顔のジョシュアが離れる。

「……!!な、んにもしないって…」

「質問に答えない人にはなんでもするよ」

乱れた襟元を再び整えてやるついでに、先ほど噛んで血の滲んだ部分を軽く引っ掻いた。

「いっ……」

 

『怖い夢でもみたら、また来なよ』


ジョシュアに聞きたいことがありすぎてなにも聞けないような、微妙な顔をしたシベリンを宥めて送り出し、一人ティータイムの支度をはじめた。

 

 

 

 


深夜、ジョシュアは窓からまばらな星空を見ながら、夕食の時間に食堂でいつも通りのシベリンが他の面子といつも通りわいわいと食事する所を眺めていた場面を思い浮かべていた。
途中首元の傷を服越しに押さえた後で、ジョシュアが視ていることに気付いて慌てて目を逸らし、わずかに目を伏せて赤くなったり。
いつもどれくらい食べてるか知らないが、今日のプレートは半分ほど残っていて斜め前に座っていたマキシミンから何やら文句を言われていた。


ーーー言葉というものは簡単に口から出せる魔法のようなもの。
しかも実際に魔力を有するオレの言葉は詛にも近い。
やさしくやるには、マイナスなイメージをやんわりと与えて相手を乱していく。

皆何故かそれが目に見える表面的な効果を得るものだと思ってるみたいだけど、それもあるがそうじゃない。
触れやすい表面ーー肉体のみならず、触れることは敵わない心に、活力に、夢にも干渉する事ができる。


さあ、どうやって手に入れようかな?
普通に甘く優しく口説いても良いけど。
それじゃ普通の甘く優しくされた結果の貴方しか見れない。

あらゆる表情を引き出す過程で、あらゆる仕打ちに堪えてかつオレを嫌いになれない何かがないと。
すごく好きになってもらうとか、さ。
酷いことしすぎると笑顔がみれなくなっちゃうから、加減が大事だな。

今はまだ貴方の本能がオレを危険だと、邪(よこしま)なこの心の内をわずかに感じ取って無意識に距離を取ろうと頑張ってるけどさ。
少しずつ馴致していって、オレがすごくちかくに居るのが当たり前になる。

すごく好きになるのが無理でも、とにかくオレが居なきゃ駄目ってくらいになってくれないと。

 

こういうのは急ぐと良くないし、すぐに結果を得られてもつまらない。
ゆっくり、ゆっくり。
上質なブラックティーが湯の中でじんわりと滲み出るように。

 

今頃ひとりベッドで夢に魘されてるかな。
そういうまじないを別れ際に『つけて』おいたから。


まずは、誰かに縋り付かずにはいられないような悪夢をどうぞ。
あぁ、勿論、誰かではなくオレにね。
寝不足でやつれた顔、楽しみだな。


なにも知らない貴方は、そうしてオレに流れ堕ちてくる。

 

 

さしずめ紅い、お星さま。